徒然なる走り書き

トップページ作りました。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

Fate/If Act 1 - 10

多分、こっちのが見やすいと思うので。
明日以降に十一から二十話を載せます。
小さい頃の夢を見た――。



Fate/Stay Night
If Act 1
1/31 Side:Rin Tosaka



わたしの頭を撫でている…と言うより、ぐりぐりと押さえつけている男の人がいた。
この人はわたしの父親で、わたしが尊敬する人だった。
普段、この人はわたしを撫でてくれる事なんてない。

いや、もしかしたらこれが初めてだったのかもしれない。

彼はわたしに次々にこーしろあーしろと言い出す。
普段は必要な事以外、喋らない人だから。
その様がとても不思議でたまらなかった。
でも、この時気づいてしまっていたのだ――。

きっと、次の日になったらこの人にはもう二度と会えないのだ、と――。

確かに悲しくなかったと言えば嘘になる。
だけど、未練たらたらの想いは全然なくて――。
ただ、わたしは一心に彼の旅立ちを応援していた。

彼は魔術師として誇れる事をしに行くのだから――。

聖杯戦争と言うものが、魔術師の世界にはある。
聖杯と言うのは、まぁ、魔術師にとっては一つの願望器のようなものだ。
漫画で言えば、不思議な玉を七つ集めるとなんでも願いを叶えてくれる龍ってところだ。

だけど、この場合は一つのものを手にするだけで、自分の願いが叶う――。

でもやっぱり、競争率ってのは低いわけじゃない。
確かにソレ相応の資格ってのはいるけれど、広い世界を見渡せば、資格を持ってるヤツだけでも何人いるかわかったもんじゃない。
そして、父の代の聖杯戦争が開かれた――。
もちろん、父は資格も実力も申し分なかった。

そう、決して手にするのが夢ではなかった――。

お互い拮抗した者たちの戦いなんだ。
だから、手にする確立は平等だ。
人を殺す時に用いるモノだって――。

聖杯戦争はたった七人で行う戦争だ。
七人で戦争だなんて、普通の人から見れば喧嘩程度のものにしか見えないだろう。
けれど、彼らは魔術師であって、普通ではない。
普通でなければ、戦い方も普通じゃない。

そして結局、父は戦争から帰ってはこなかった。
結果を言えば、負けたって事だ――。

だから、今度の聖杯戦争はわたしが勝とうと決意した。
わたしだって魔術師の端くれであるのだから――。
それに、なんでも一番にならないといけない、と思うような性分だ。
そんなの当たり前にこんな決意が生まれてしまう。

そして、それから十年が経った――。












「ん…なによ」


じりりじりりと頭の中かをガンガンと叩くような音をさせる物があった。
わたしは無理矢理それに起こされて、不快にその音を止ませるために必死に手を伸ばす。
だけど、寝ぼけているのか、なかなかその物に触れることすら叶わない。
意志を持たぬ物だと言うのになんていう生意気さだ――。


「昨日は徹夜してたんだから、もう少し寝させてくれてもいいでしょう――」


昨日は、父の遺言を解読したりしていてあまり寝ていない。
それでやっと解読できて、遺品を入手して力尽きてしまったのだ。


「あと五分…。今日は、目覚ましを三十分ズラしたんだから、まだ寝れ――」


ズラしたってどっちにだっただろう?
遅くまで起きていて、前にズラすなんて事はわたしだったらしない。
なら三十分後にズラしたはずだ。
――と、言う事ならいつもの習慣で三十分の貯金とやらをもう全て使い果たしたと言う事だ。


「む――」


遅刻は駄目だ。
わたしの中にある、意地と言う物に火がついた。
無理矢理わたしの頭を覚醒させて、目覚まし時計をパンっと叩いた。


「ふぅ…」


小さく溜息を吐いて、むくりと起き上がった。
本当にわたしと言う人間は朝が弱いようだ。



手早く着替えて、次に洗面所に向かった。
少し寝癖のついた髪の毛をクシで梳いて、顔を洗う。
まだ終わりそうにない冬のおかげで、水はとても冷たかった。
眠気も一緒に流してくれた事に関しては感謝をしよう。

それにしても自分で言うのもなんだけど、こんな大きな洋館に一人で住むのはいかがなものだろうか?
この時期になると、ほんの少しだけど一人って空しいと思ってしまうときがある。
まぁ、望んで一人で生活しているのだから、文句なんてない。

けれど、誰かが起きていてくれると助かったりする。
やっぱり、冬は寒くて暖房をつけてもなかなか暖かくならない。
暖かくなったと思ったら、もう登校する時間になっていたりするのだから。


「なんだ、割と余裕じゃない」


柱時計を見ると、まだ大して急ぐような時間にはなってなかった。
これなら走らなくてもすみそうだ。

まぁ、走って登校するような無様な姿は晒そうとは思ってはいないけれど。

そして簡単に朝食を済ませて、学校へと向かう――。



外の空気は澄んでいて、なにより寒かった――。
さらに人っ子一人いないのはいかがなものだろう?
七時半と言う時間帯は、いろんな生徒が登校する時間帯だと思っていたのだが――。

もしかして、みんな寒くて布団から出られないとか、そんな物なのだろうか?

まぁ、きっとこんな日もあるだろう。
わたしは学校に向けて歩き出した――。

そう言えば、昨日見つけた父の遺品を思い出す。
なかなか年代ものの宝石がついているネックレス――。
きっと、今うちにある中じゃあ一番価値のある物だろう。

遠坂は魔力の流動を操るのが得意な家系だ。
暇な時や、余分な魔力がある時は宝石と言う器に移す作業をしている。
簡単に言えばソレは銃弾のようなものだ。
わたしが銃で宝石が銃弾――。

まぁ、元々わたしは光物が好きなので、宝石の良し悪しには目ざとい。
なので、この力は割かし自分に合っていると思う。


「む――」


だけど、それにしてもおかしい。
坂をおりて、ついには学校の門の近くにまで来たと言うのに人の姿をみない。
わずかに声が聞こえるのは、おそらく運動部の人間の物だろう。
――と、言う事は――。


「お、遠坂じゃないか。今日はいつにもまして一段と早いな」


丁度よい所に知り合いを見つけた。
彼女は制服姿で腕組みをして、わたしに笑いかけてきた。
彼女の名前は美綴 綾子と言って、多分、わたしの親友とも呼べる存在だ。


「――おはようございます、美綴さん。つかぬ事をお聞きしますが今何時ですか?」

「はぁ?何時ってまだ七時にもなってないぞ」


綾子はわたしが朝弱い事を知ってる数少ない人物だ。
きっと今もわたしが本調子でない事に気づいていると思う。


「…どうやら、わたしの家にある時計全てが一時間早く進んでたみたいね」

「あー、そりゃーおつかれさま」

「人事のように言わないでください」

「人事だろ?…ま、茶くらいならご馳走するよ」


そう言って綾子は弓道場へ招く。
綾子はもう武道全般できる、とんでもない人物なのだ。
弓道を選んだ訳は、まだ精通していない武道の一つだったから、だそうだ。
彼女の頭の中では、良い女は強くなくちゃいけない、らしい。

まぁ、そんな彼女だから、現在は弓道も部内ではトップクラスで主将もつとめている。

わたしにしては、よくやるわね――って感じかしら。
確かに強い女と言うのには、憧れるけれど、少しは弱味を見せないと男なんて寄り付かないんじゃないだろうか?

そう思いながら、段々と弓道場へと近づいてくる。

やっぱり、ここの弓道場は立派だ。
学園長の趣味なのか、割かしこの部活は優遇されている。
もちろん、それなりの成績は残しているから当たり前か。

弓道場の中に入る。

掃除も行き届いている。
その所為か、全然くたびれた様子も見られない。
あー、きっとアイツらが仲良く掃除でもしているんだろう。


「まぁ、今日は災難だったね」

「笑いながらそう言わないで欲しいわ」


彼女はそう言って楽しそうに笑いながら、お茶をわたしの前に置いた。
むろん、こっちは全然楽しくない。


「――で、所でどうよ?」

「なによ、藪から棒に?」


弓道場は朝日が差し込んできて、とても眩しい。。
そこには綾子以外誰もいなくて、綾子自身も練習しているわけじゃないので、ほんとうに静かだ。


「んー、お互い羨ましがられるようなパートナーってのをつくるって賭けをしたじゃない」

「ああ、それの事…」

「それでだ、遠坂の方はどうなのかと思ってさ」


また先程の笑みをわたしに見せた。
いや、先程とは違って少し好奇心を含んでいるか。


「別に、こういうの焦って探すようなものじゃないでしょう?」

「まぁ、そうだけど。期日ってのは刻一刻と迫って来るんだぞ」

「そうだけど…」

「でだ、遠坂の方はどうなんだ?」

「――別に、わたしはまだよ」

「へぇ、素直じゃないか」

「別に嘘を言っても仕方ないじゃない。それで、美綴さんの方はどうなのかしら?」


今度はわたしが綾子に問いかけた。
綾子は少し面白くない顔をする。


「あたし?あたしは…まぁ、そこら辺のでいいのなら用意できない事もないけど、やっぱ遠坂に羨ましがられるとなるとハードルが高い」

「そういう物?」

「そうだ、あたしは遠坂の悔しがる顔を見たいんだからな」


わたしと綾子が出会って、どのくらい経つだろう?
少なくとも一年は経っているはずだ。
目が合って、何か電気が走ったって言うか、気が合うなと思ったのは確かだ。

それでいつの間にか、変な賭け事を始めてしまったのだ。

――お互い、三年生になるまでに素敵な彼をつくろう――


「ところで、部活の方はどう?」

「部活?まぁまぁかな。一組の甘々カップルを除けば平和だよ」

「ああ――」


綾子は少し嫌な顔をしながら言った。
やはり独り身でカップルの傍にいるのは耐えれないと言う事だろう。


「別にベタベタしてるわけじゃないんでしょう?」

「ベタベタしていた方が注意できるからいいんだよ。なのにアイツらは一年経ってるのに付き合ったばっかりみたいに初々しくて――」


まぁ、確かに初々しいカップルの雰囲気と言うのはたまったものじゃない。
わたしも想像してみて少しゲンナリする。
それが、顔やルックスが普通以下なら許されるだろうけれど、お互いそれなりの容姿をしている。
それなのに、少女漫画みたいなイライラする付き合い方をされたら――。
思わず身震いをしてしまった。


「まぁ、頑張ってね。主将さん」

「ふんっ。あたしより射が立派なヤツは少なくとも二人はいるよ」


綾子はそう言って、少し不満そうな顔をした。
どうも、あたしはお飾りですよ、と言いたいらしい。


「それでも、部内で上級者なんでしょう?」

「それはそうだけど…」

「なら、構わないじゃない。それに、主将ってのは人格者がなるものだとわたしは思うわよ」

「むぅ――お、噂をすれば影…か」


綾子はそう言って、弓道場の入り口の方を見つめた。
わたしもそれに習って、そちらの方を見つめる。


「おはようございます、美綴先輩、遠坂先輩」

「おはよ。今日は一人か?」

「はい。今日は柳洞先輩の手伝いをするそうです」

「へぇ。アイツも物好きだねぇ」


女の子が入ってきた。
彼女こそが、わたしがちょくちょくここに来る目的の一つでもある。
まぁ、彼女はなにも知らないだろうけれど――。


「桜、おはよう。それじゃあ、わたしは教室に行くから、先に失礼するわね」

「あ、はい。おつかれさまでした、遠坂先輩」


桜は小さく頭を下げてそう言った。
本当に、彼女は変わらない。

わたしは一度も振り向きもせず、弓道場を出た。


「あれ、遠坂じゃないか」

「――間桐くんか、今日は早いじゃない」


今日は割と色んな人に会っている。

目の前にいるのは、間桐 慎二と言って同学年の中じゃアイドルと言われて騒がれている。
人懐こそうな性格、笑顔、ルックスが人気を集めてる、らしい。
わたしはあまり彼の事を知らないから、周りの評価を参考にするしかない。


「へぇ、珍しいな。遠坂は弓道に興味があるのかい?」

「別に。今日はたまたま早起きしただけです」

「そうなのかい。それで、練習見てかないのかい?遠坂なら大歓迎だよ」


彼はそう言って、にこやかに笑う。


「いえ、今日は教室に行ってやらなきゃいけない事がありますから」

「ふーん。まぁ、気が向いたら来てくれよ。主将の僕が歓迎するんだからさ」

「あら…間桐くんは言動には気をつけた方がいいわよ。それと、一つ訂正するコトがあるわ」

「…なにをだい?」

「コウフクのフク。字は違うけれど発音は一緒でしょ」

「――そうかい、まぁ、気をつけておくよ」


彼はそう言って、弓道場の中に入っていった。

それじゃあ、わたしも教室に行こう。
別にする事がないけれど、少しぐらいなら居眠りができるだろう――。






それにしても、二年生って学年はなんとも中途半端だ。
先輩もいるし、後輩もいる。
一番威張れるのは三年生だけれど、世話もちゃんとしないといけないの難だ。

そうなると、中途半端なこの位置が、割かし良いかもしれない。

わたしはあまり目立つような生き方をしたくない。
ただ、運動や学業は一位をとり続けていたい。
そのおかげで、目立つのは当たり前なのだけれど、これはわたしの意地なのである。


「げ、遠坂…」


階段を昇り終えて、廊下を歩いていると、一人の男子生徒を見つけた。
少し目つきのキツくて、見るからに堅物なヤツだ。
まぁ、それもそのはず、この学校の生徒会長なのだから。


「あら、いきなり出会い頭にそれはないんじゃないでしょうか、柳洞くん?」

「ふん。別にオマエでなければ先程のみっともない声なんてあげんかったわ」

「へぇ…」

「まったく、こんな朝っぱらからオマエのような女狐と出会うとは」

「あら、朝から随分な言葉ね」

「朝だからだ」


そう言って、柳洞くんはわたしから視線を逸らした。
どうも彼はわたしの事を天敵として見ている節がある。
まぁ、原因はわからない訳じゃないけど、あえて言わない。
言ったらまた、ややこしい事になるだろうし。


「一成、修理終わったぞ」

「うむ、ご苦労だった」

「別にいい。それで、他に直さないといけないとこあるのか?」

「ある。視聴覚室の暖房器具がこの度、天寿をまっとうされたようだ」

「あのな、天寿をまっとうしたら、直せないだろう」

「俺から見ればまっとうしただけであって、衛宮から見れば仮病かもしれん。だから、一度看てやってくれないか?」

「ああ。別に構わないぞ」


そう言って、傍の教室から出てきた男子生徒と柳洞くんは視聴覚室の方に行ってしまった。
途中から、わたし無視されてないかしら?


「朝早いんだな、遠坂」


去り際にその男子生徒はそう言って立ち去っていった。
…一応、朝の挨拶と言う所なのだろうか?

まぁ、こんな感じでわたしの一日は始まった。
多分、この日が遠坂 凛にとって普通で平凡な日々の最後の日なんだと思う。


To be continued...


二度目の人生の始まりは、白い部屋からだった――。



Fate/Stay Night
IF Act 2
1/31 Side:Shirou Emiya


見た事のない天井、見た事のないベッド――。

全てが真っ白だった。

その時、自分の身体はあちこちが痛くて、まともに動けるような状態じゃなかった。
寝返りをうつ力さえない。
本当に赤ん坊に戻ったような感じがした――。

時間が経つにつれて少し思い出してくる事もあった。

訳のわからない大厄災のようなものに自分が巻き込まれたのを――。
そして、自分だけが助かったのだと――。

あ、いや…でも自分は誰かを助けたような気がした。

それは、とても弱くて、まるで簡単に枯れてしまうような女の子を――。
その子が唯一、自分が助けれたモノだった。
だから、自分は彼女しか助けれなかったのだから――。

彼女だけは守り通したいんだ――。



二度目の生を受けて数日後、俺はある人物に出会った。
とても胡散臭くて、だけど、何処か信頼できるような人だった。


『こんにちは、士郎くん』

『…誰?』

『僕?僕は…そうだな。僕は、魔法使いだよ』


一瞬、唖然としてしまった。
そんな事を言うのは、俗に言うマジシャンとか、本当に頭のおかしくなった人しかいないと思ったから。
けれど、思わずすんなり信じてしまった自分がいた――。

よく見れば背広はしわくちゃで、頭はボサボサ…。
今となっては、よくこんなおじさんの話を聞いていたと思う。


『これから知らないおじさんと暮らしていく気はあるかい?あの子と』


その人は、衛宮 切嗣と言っていた。
切嗣は俺の寝ているベッドじゃなくて、そのまた奥の方を指差した。
ここは、個室って訳じゃなくて、団体部屋だった。

けれど、自分とそのもう一つのベッドに寝ている子しかいなかった。

その子こそ、俺が助けた唯一の子なんだ。
俺はそっとその子の方を見た。
自分と目が合うと、その子はばっとシーツを頭まで被った。


『恥かしがり屋さんだねー』


切嗣は楽しそうに笑っていた。


『それで、どうするのかな?』

『俺は、あの子が一緒でもいいなら行く』

『ふーん。一目ぼれってヤツかい?おませさんだねー』

『ば――ち、違うぞ!』


別にそんな事じゃない。
ただ、俺は彼女を守りたかったのだ。
自分で守りきれたモノを手元に置いておきたいのは、俺だけなのだろうか?


『うん。それじゃあ、あの子にも聞いてくるよ。もし、あの子がOKならすぐ退院だ』


そう言った、切嗣は嬉しそうに笑いながら隣のベッドに向かった。












「…ぱい!…せ…!」


いつもの様に聞きなれた声――。
俺はいつもの様に起床する。


「……おはよ、桜」

「おはようございます、先輩」

「ん。……ったく、別に家じゃ先輩って呼ばなくてもいいんだぞ?」

「う、わかってますっ。でも、なんだか最近癖になっちゃったんです」


桜が少し顔を赤くしながらそう言った。
確かに、ここ一年の間、桜が俺の呼び方を変えた。
まぁ、別にこの呼び方も嫌いじゃないのだけれど、ほんの少し変わってしまった事が残念だったりする。


「まぁ、いいけど。朝食は?」

「あ、もうすぐ出来ます」

「む、早いな」

「ええ。朝は唯一先輩に勝てる時間なんですから」


桜はそう言って、嬉しそうに笑う。
そしてふと俺の方を見て、顔を赤くした。


「……士郎くん、おはようございます」


そう言った後、俺の唇になにかが触れるような感触がした。
呆然と桜の方を見ると、顔を真っ赤にしながら、軽く舌を出して笑っていた。


「そ、それじゃあ、早く服を着替えてくださいねっ。今、大河姉さんが来たら大変ですよっ」

「あ、ああ」


気恥ずかしくなったのか、桜は脱兎のように少し駆け足で俺の部屋から出てしまった。
思わず、唇に手をあてる。

…やっぱり、恥かしいか。


「まぁ、そんな事を言っていても仕方ない。藤ねえが来る前に着替えて、少し運動しておくか」


そう言って、俺は着替えて道場へと向かった。






俺が衛宮 士郎となってからもう十年になる。
まぁ、今までとにかく苦もなく、楽しくやっていけていると思う。
それも数年前に他界してしまった、もっとも尊敬すべき人のおかげなのだろう。

まぁ、癪ではあるけれど、俺の大半を構築しているのはソイツなのだ。
親父の夢を継いでいるのもそうだし、何故かわからないけれど料理の好みも似てしまった。
血は繋がってないけれど、親子になれたのだと、思えて嬉しいと思った頃もあった。
もちろん、今も顔に出すのは恥かしいけれど、きっとそうだと思う。


「1…2…3……」


いつものように、朝の鍛錬を始める。
親父が死んでから、ほとんど毎日やるようになった。

身体を鍛えるのは、割と面白い事だ。
何処をどうすれば、鍛えられるかもその時わかったりする。
そして、もし鍛えれたらどんな力をつけるのかも、だ。

まぁ、別に自分はナルシストでもないので、肉体美とやらには気にはかけていない。
あくまで、気持ち程度で、余分な筋肉はつけないようにはしている。


「70…71…72……」


今日は割かし調子が良いみたいだ。
苦もなく、腕立てと腹筋をノルマの回数まで到達した。
その後、軽くストレッチをしておく。

ふと、道場の端に転がっている竹刀を見つけた。

昔は親父と一緒にチャンバラごっこの様なものをした覚えがある。
お互いに腕があるわけじゃないので、下手にプロの真似をしているので、当たるととても痛かった。
親父は大人で、俺は子供だった時にだ――。
親父は子供っぽい所があったから、力の手加減と言う物が上手くきかず、よく俺の頭にタンコブをつくっていた。

それで、剣道部だったお節介な姉に二人して怒られていた。

まぁ、そんな事に反省する俺たちじゃないのだけど――。
一度、思いのほか良い一撃が俺の頭に入って、二、三時間意識が戻らない事があったけど。
だけど、それでも楽しいのだ。

むろん、その時も姉と、そして更に桜にこっ酷く叱られた。
桜の場合は、泣きながら怒ってきたから下手に反論はできなかったし――。
親父もその時は、物凄く沈んだ顔をしていたのが、とても面白かった。

まぁ、割と俺は無茶な事をする方だ。

桜とその姉には後先考えなしの鉄砲玉と一緒と言われたけれど――。
実を言うと、これには訳があるのだ。
桜にも言えない、大切な訳だ。


「よしっ、行くか」


ストレッチも終わり、道場から出た。
目指すは、居間。












「んじゃ、いただきます」


もう居間には、みんな揃っていた。
桜もそして、藤ねえも。

だけど、妙に彼女が静かなのが不気味だ。

滅多に読んでないだろう新聞まで広げて顔を隠している。
なにかを隠している事なんて簡単にわかるけれど、理由がさっぱりわからないので性質が悪い。
まぁきっと、昨日の夜見たスパイ映画のキャラに成りきっているのだろう。


「大河姉さん、食事中は新聞を読まない方がいいですよ」


女スパイはチラッと桜を見て、また新聞を読みふけった。
桜も半ば諦めているのか、呆れているのか、別段気も落とさず朝食を再開した。


「あ――悪い桜、醤油とってくれるか?」

「あ、はい」


それにしても、桜のつくる朝食はもはや忙しい朝につくれるような感じのものじゃない。
出汁巻き卵や焼き魚、漬物、味噌汁、更に今日はとろろ芋まで擂ってある。


「やっぱりとろろには醤油だよな」

「そうですね」


――と言うか、他になにか掛けられるのだろうか?
それにしても、今日の醤油はなんとなく匂いが違うような…。
まぁいいや、飯にかけて喰おう。


「ぶっ――」

「ど、どうしたんですか、先輩!?」

「――桜、これ…ソースだぞ」


甘酸っぱい…。
まさにソースだ…。
てか、とろろには絶対合わない。


「くくく、あははははーーーー!!!」


女スパイが大声で笑い出した。
まぁ、きっとこの人が犯人なんだろうとは思ってはいたが…。


「朝のうちにソースと醤油のラベルを貼りかえておく作戦なのだー!」

「アホか!そんな暇なコトすんな!」

「ふーんだっ。昨日、クラスのみんなと寄ってたかってお姉ちゃんをいじめた仕返しよ」


そう言って藤ねえは朝食を食べ始める。
食べると言うより、掃除機で吸い込むようなペースだ。


「ったく暇人。そんなに時間がないんじゃないか?」

「そーそー。だから、早く食べて学校についたらテストの採点しなきゃいけないのよ。――ん、ごちそうさま」


そう言って、藤ねえは立ち上がった。


「ご馳走様、桜ちゃん。今日も美味しかったよ。じゃあ、行ってくるけど、二人とも遅刻しないでよ」

「わかってるって」


そう言って、藤ねえは嵐のように去っていった。
残されたのは桜と俺だけ。
まぁ、元々三人で食事をとっていたので、当たり前か。


「悪かったな、桜」

「いえ。大河姉さんがあーなのは知ってますから」


桜は少し可笑しそうに笑っていた。
それにしても、このとろろ汁、もう食べれないな――。




「――ヤケに物騒だな」


ニュースを見ると、新都の方でガス爆発が起こったようだ。
それも近くに俺がバイトに行っている店もあるので、少し不安になった。

ガス爆発なんて滅多に聞かないようなニュースだから、思わず見入ってしまう。
どうやら、作為的なものがあるらしい。
そう考えると、多少なりとも俺たちが住んでいる所も都会になってきたのだろう――。


「うちも気をつけないとな」

「大丈夫ですよ。いつも出かける時には、ガスの元栓が閉まってるか二回チェックしますから」

「あー、いや、そういうワケじゃなくてだなぁ…」


なんとなく、桜の答えはズレていた。






「じゃあ、先輩行きましょう」


俺と桜は家を出る。
それにしても、普通の人間なら毎朝よくこんな時間に出ると思うだろう。
なにせ、七時ちょっと過ぎには学校に着いてしまうような時間に登校しているのだから。

まぁ、運動部ではあるので、別に普通ではあるけれど。
うちの部は朝は自主参加だから、割と人が集まるコトはなかったりする。


「ん、わかった」


玄関に鍵を掛けて、門の扉にも鍵をかけた。
やっぱり、自分の目から見ても立派な家だと思う。

本当に親父の趣味はわからない。
自分の力のルーツは西洋なのに、妙に日本贔屓な所がある。
何気に陰陽術などに関する書物を持っていたりするが、解読不能だったりするので、ただの骨董品扱いとなっている。


「今日は遅くなるんですか?」

「ああ。夜までバイトだ。だから、午後の部活には出られない」

「……そうですか」


桜は少し残念そうな顔をする。
一応、弓道部に身を置いてはいるのだが、なかなか部活に顔を出す回数が少ない。
半分、幽霊部員と化している。


「それじゃあ、わたしの方が先に家に戻ってますね。夕食の準備を先しておきますから」

「わるいな。本来なら俺の当番なんだけどな」

「いいんです。先輩は労働に汗を流していてください」

「ん」


そう言いながら、俺たちは学校を目指した。












「おはよう、一成。今日は早いな」

「おはようございます、柳洞先輩」


学校の校門辺りに着くと、そこには俺の親友で生徒会長の柳洞 一成がいた。
一成は柳洞寺と言う寺の息子で、まぁ、多少変わっている所がある。
時々、こんな早朝に登校したりするので、朝は顔を合わす回数は割と高い。

まぁ、それになにか頼まれごとでもあるのだろう。


「うむ、今日も早いな衛宮夫妻」

「ふ、夫妻って…」


一成の返事に、桜が少し赤くなる。
まぁ、俺は一成がからかいには少しは免疫がついたので、あまり動じない。


「ったく。それで、今日はなんだ?」

「うむ、いきなりで悪いが教室の暖房器具が危篤状態らしい。すまぬが看てやってくれないか?」

「別にいいけど…」


俺は少し渋った顔をした。
そっと桜の方を見ると、笑顔を見せて…。


「いいですよ。今日はわたしと美綴先輩と二人で部活やりますから」

「そっか、悪いな。明日はちゃんと顔出すからさ」

「はい。じゃあ、お昼にまた」


そう言って、桜は弓道場の方へ行ってしまった。


「それじゃあ、行くか」

「うむ」


うちの学校は何処の学校とも一緒で、平凡だ。
ただ、ほんの少し違うのは弓道場が割と立派、なくらいか。
もちろん、それなりの成績を残したおかげでもあるが、その予算は何処から出ているのかが気になるところだ。

他の部に迷惑を掛けてないと良いのだが――。

まぁ、うちの学園長は弓道贔屓をしている時点で、バランスをとるのにも苦労するだろう。


「それで、何処の教室なんだ?」

「2-Aだ」


一成は簡潔に返事をした。
少し嫌な顔をしているのは、天敵がそのクラスにいる所為だろう。
俺は少し苦笑しつつ、階段を昇った。












「それで、どうだ?」

「あー、ただ線が切れちゃってるだけだ。繋ぎなおしたら今年いっぱいまで持つと思うぞ」


かなり年代物のストーブを弄りながらそう言う。
割と機械弄りは嫌いじゃない。
いや、むしろ好きな方だろう。


「――っと、ちょっと外に出ていてくれるか?」

「ああ。正念場と言う部分なんだな。気を散らせては悪いから、構わん」

「すまない。十分も掛からないだろうから」


まぁ、正念場と言えば正念場だけど、普通なら隣に誰かいても構わない。
だが、俺のするコトは普通のコトじゃないのだ。


「――同調(トレース)、開始(オン)」


世界が静かになる。
まるで、その世界に自分一人しかいないような感じがする。
これは自分が生み出した、張り詰めた糸の中の意識。
自分がなにかの道具になるような感じ――。


「――やっぱり、回線が切れてる」


ストーブの構造を解析して、何処が悪いかを探す。
そして、その悪いところを修理する。
まぁ、簡単に言えばそんな所なのだ、俺の機械弄りの腕は。

きっと、親父には笑われるだろう。

魔術師とは、こんな手間の掛かる方法をとらないから。
構造を調べて直す、ではなく大まかな形さえわかれば、それ全体にかけて正しい形に戻すのが魔術師だ。
まぁ、器用と言えば聞こえはいいけど、やはり俺の方法は手間なのだ。






「一成、修理終わったぞ」


教室を出ると、一成とある生徒がいた。
まぁ、相手は俺のコトなんて知らないだろうけれど、俺は彼女を知っていたりする。


「うむ、ご苦労だった」

「別にいい。それで、他に直さないといけないとこあるのか?」

「ある。視聴覚室の暖房器具がこの度、天寿をまっとうされたようだ」

「あのな、天寿をまっとうしたら、直せないだろう」

「俺から看ればまっとうしただけであって、衛宮から看れば仮病かもしれん。だから、一度看てやってくれないか?」

「ああ。別にかまわないぞ」


そう言って、俺と一成は視聴覚室の方へ向かった。
それにしても一成は大物だと思う。
あの遠坂 凛を完全に無視して話をするのだから。

遠坂 凛とは、まぁ何処の学校にもいるだろうが、学校のアイドル的存在だ。
ご多分に漏れず、一時期彼女に憧れていた時もある。
今はそんなコトを考えたら、後々怖いので、考えないようにはしている。

まぁでも、やはりキレイではあると思う。
一応、声でも掛けておこう。


「朝早いんだな、遠坂」


まぁ、これぐらいしか思いつく言葉がなかった。












「先輩、お昼食べましょう」

「ああ」


一成の手伝い、午前の授業も無事済んだ。
いつもの様に桜が教室の入り口の所で待っていた。
多少の冷やかしがあるが、それは割と気にならないようになった。
まぁでも、少し溜息が出るのは仕方がないだろう。
それでは、学校で一番楽しみな時間を楽しむとしよう。

俺と桜は、購買で買ってきたパンと自販機の缶ジュースを手に屋上へと行った。
俺はカツサンドで、桜は卵のサンドイッチだ。
一応飽きないようにローテーションを組んでいるのが、やはり学生らしい。

前までは弁当だったりしたのだが、冷やかしと盗難されるので購買組になったりしている。
それでも時々、桜が弁当をつくってたりするのではあるが――。


「うわ、やっぱり少し寒いな」

「そうですね。あ、でも今日はこれがありますから」


桜が魔法瓶を見せながらそう言う。
どうやら、桜が気を利かせて弓道場から茶葉とお湯を失敬してきたらしい。
最近の桜は割と大胆なコトをするようになった。
まぁ、それを美綴も許しているんだから、別にコソコソとする必要はないんだけど――。


「あ、遠坂先輩、こんにちは」


すると屋上には朝も会った、遠坂がいた。
彼女もパン一つになにかの缶ジュースらしい。


「あら桜じゃない。二人でラブラブランチタイムって所?」

「そ、そんなんじゃ」


桜が少し顔を赤くして、手を振る。
あぁ、そんなコトすると卵サンドが崩れるぞ。


「じゃあ、わたしはお先に失礼するわ」

「え、もう行くんですか?」

「ええ。だって、独り身のわたしに甘々な二人の空気は毒だもの」

「っ――」

「まぁ、そう言う事で。またね、桜、衛宮くん」


そう言って、遠坂は学校の中に入っていってしまった。


To be continued...

「……まいったな。ほんの手伝いのつもりだったのに、三万円も貰ってしまった」



Fate/Stay Night
If Act 3
1/31 Side:Shirou Emiya-2


棚から牡丹餅というか、瓢箪から駒というか。

今日のバイト先のコペンハーゲンは飲み屋兼お酒のスーパーマーケットみたいな所で、棚卸しには何人もの人手が必要になる。
少なくとも五人、あといればいるだけ楽になるはずだった。

だが、そこのおやじさんは割とお調子者の気があって――。


『手伝える人は手伝ってねーん』


なんて、バイト全員に声をかけて安心しきっていたらしい。
で、結局店も集まったのが俺と店長おやじさんと娘のネコさんだけと言う地獄ぶりだった。

まぁ、そんな訳で俺は倉庫整理に汗をかいていたというわけだ。
気が付けば二時間後、棚卸しは終わっていた。


『驚いたなあ。士郎くんはアレかな、ブラウニーか何かかな?』

『違いますっ。力仕事には慣れてるし、ここのバイトも長いし、伊達にガキの頃からここで働かせてもらってません』

『そっかー。あれ、士郎くんってもう五年だっけ?』

『そのぐらいですね。切嗣(おやじ)が亡くなってからすぐに雇ってくれたの、おやじさんのトコだけだったし』

『ありゃりゃ。うわー、ボクも歳を取るワケだ』


おやじさんは、もむもむとラム酒入りのケーキを頬張る。
ネコさんはとなりで熱燗をやっている。
ここの一家は店長が甘党で娘さんが辛党という、バランスが良いと言うか、正反対の味覚をもっている。


『んー、でも助かったよー。こんだけやってもらって、お駄賃が現物支給(ケーキ)だけっていうのもアレだし、はい、これ』


ピラピラと渡されたのが万札三枚。
一週間フルに働いても届かない、三時間程度の労働には見合わない報酬だった。


『あ、ども』


さすがに戸惑ったが、貰えるからには貰っておいた。
まぁ、そうしないとおやじさんも引き下がらないだろうし。
少し苦笑しつつ、その万札三枚を受け取った。






『じゃあ、お先に失礼します』


そうして、コペンハーゲンを後にしようとした時――。


『……んー、ちょい待ち。エミヤん、今日の話誰から聞いた?』


疲れたー、とストーブの前で丸まっているネコさんに呼び止められた。
やっぱりあだ名には理由があるワケで、彼女のあだ名の由来はこれからなのだろう。
実際、目を線にしてぐったりとしている姿は猫そのものだ。


『えーと、たしか古海さんですけど』

『……はぁ、学生に自分の仕事おしつけるんじゃないってのよ、あのバカ。じゃあ今日の棚卸し、また聞きだったのに来たんだ』

『あー……まぁ、暇だったら手伝ってくれって感じで』

『はぁ…エミヤんもお馬鹿さんだねー』


ネコさんは、くすくすと笑いながらそう言った。
俺は少し仏頂面になって、ネコさんを軽く睨みつける。


『む――』

『まぁ、そうむくれなさんな。キミさあ、人の頼みを断ったコトないんじゃない?』

『別に自分に無理な事はしてませんよ』


――そう。
自分に無理な事はしても無駄だとわかっている。
あぁ、でも無茶な事はしているかもしれないが――。


『ふーん。まぁ、そういう事にしておこうか。あーそれと、今度藤村にちょってゃ顔出せやコラと伝えてほしいのです』


ネコさんは熱燗をくいっと飲みながら、顔を少し赤くさせていた。
更に指をくるくる回して、そう言った。
どうやら、俺の事をトンボか何かと間違えているような気がする。

酒もまわり丁度できあがって来た所だろう。


『はあ。…まぁ、とにかく藤ねえに伝言?』

『そ。じゃね、あんまし頑張りすぎんなよ勤労少年よ』


そう言って、ネコさんは俺に手を振った。
俺は静かにコペンハーゲンを後にした。






























「……いつのまにか橋越えてら」


隣町の新都から深山町まで、ぼんやりしているうちに着いてしまった。
見慣れた道を見て、ほんの少しほっとしていたりする。

夜の町並みを行く。

冬の星空を見上げながら坂道を上っていると、あたりに人影がない事に気が付いた。
時刻は七時半頃だろう。
この時間ならぽつぽつと人通りがあってもいいのに、外には人気というものがなかった。


「そういえば、たしか……」


つい先日、この深山町の方でも何か事件が起きたんだったっけ。
そう考えると、やはり、この町も都会に近づいてきたんだと思う。
ここは住宅街しかないから、建物の取り壊し、新しい建物が建つと言う事はあまりない。
だから、そこら辺には少し疎くなってしまう。

それにしても、事件か…。
押し入り強盗による殺人事件、だったろうか?
多分、人通りがないのも、学校の下校時刻の変化とその事件の所為だろう。

まぁ、そんな事件が起きているのだから、戸締りにはほんとうに用心しないといけないだろう。
それに、桜を一人で外を出歩かせるのも危ないから、なるべく下校する時は一緒に帰るようにしよう。


「……ん?」


一瞬、我が目を疑った。
人気がない、と言ったばかりの坂道に人影があった。
坂の途中、上っているこっちを見下ろすように、その人影は立ち止まっていた。


「――――」


知らぬ息を呑む。
銀の髪をした少女はニコリと笑うと、足音もたてず坂道を下りてくる。
その途中――。


「早く呼び出さないと死んじゃうよ、お兄ちゃん」


おかしな言葉を、口にしていた。






坂を上がりきって我が家に到着する。
家の明かりが点いているのを見ると、桜と藤ねえはもう帰ってきているようだ。




今に入るなり、旨そうなメシの匂いがした。
テーブルには夕食中の桜と藤ねえの姿がある。

今晩の主菜はチキンのクリーム煮らしく、ホワイトソース系が大好きな藤ねえはご機嫌のようだ。


「あ、先輩、お帰りなさい。お先に失礼してます」

「ただいま。遅くなってごめん。もうちょっと早く帰って来ればよかったんだけど」

「いいですよ。ちゃんと間に合いましたから。ちょっと待っててくださいね、すぐ用意しますから」

「わかった。手を洗ってくるから、人のおかずを食べないように藤ねえを見張っていてくれ」

「はい、きちんと見張っています」




一度自分の部屋に戻る。
自分の部屋なのに、桜がくれた小物の方が多かったりする。
更には藤ねえがポイポイと置いていった用途不明の物も置いてある。
まぁ、自分にはこれと言って好きな芸能人もいないし、読書もしないので、ほんとうに物が少ない。

だから、二人が見るに見かねて、小物を置いているのだと思う。

まぁ、問題としては、桜の場合は女の子の小物で、藤ねえは意味不明の物なのだ。
だから、誰かが来た時、少し恥ずかしかったりする。




手を荒い、着替えを済ませて居間に戻ると、テーブルには夕食が用意されていた。
それほど時間が掛かったワケではないので、桜の手際の良さには感心してしまう。


「いただきます」

「はい、今日は洋食がメインなので、先輩のお口にあえばいいんですけど……」


桜はあくまで奥ゆかしい。
むろん、俺は桜のつくる料理に不満はないし、期待してもお釣りが来るくらい絶品だ。
まぁ、いつも二人で料理の研究をしている仲なのだから、お互いの好みを知り尽くしているのだから。

それにしても、桜の料理の腕は、かなり向上している。

洋風では完敗、和風ならなんとか勝てそう、中華はお互いノータッチ、という状況だ。
中華は嫌いじゃないのだが、味が割と濃いので年に数回食べる程度なのだ。

まぁ、俺の方が料理をつくり始めたのは先なのだが、桜がすぐに追いかけてきて、今にも抜かれそうな状態だ。
毎回毎回、無理しなくてもいいぞ、とかブレーキをかけさせようとしてみる。
だが、返ってくる返事はいつも、女の子のプライドですから、と言われる。


「――む」


やはり巧い。
ほんとうに抜かされるのはあっという間かもしれない。


「どうでしょうか先輩……?その、今日のはうまくいったと思うんですけど……」

「文句なし。ホワイトソースも絶妙だ。もう洋食じゃ桜には敵わない」


両手をあげて降参した。
白旗があったら、それも挙げたくなる。


「うんうん、桜ちゃんが洋食に目覚めてくれて、料理の幅が広がった」


と。
今まで一人食事に専念していた藤ねえが顔を上げた。


「あ。話は変わるけど…士郎、学生がこんな夜更けに帰って来ちゃいけないんだからっ」


…あちゃ。
桜の夕食でご機嫌かと思われていたが、俺の顔を見た途端にご機嫌ななめになった模様だ。


「もうっ。また誰かの手伝いしてたんでしょ。それは良い事だけど、こんな時ぐらいは早く帰ってきなさい」

「…へい」

「そうですよ、先輩。大河姉さんの言うとおりに早く帰ってきてください」

「……ああ、わかってる。明日からは暫く桜と一緒に下校しようと思ってるけど…いいか?」

「え!?は、はいっ」


俺がそう言うと、桜は満面の笑顔となった。


「まぁ、人助けが悪いわけじゃないんだけどね。はぁ…切嗣さんに似たのかなぁ…そんなんじゃお姉ちゃん心配だよ」


どのあたりが心配なのか、もぐもぐと元気よくご飯を食べる藤ねえ。


「そうですね…。昔からお父さんに影響されてましたからね、先輩は」

「桜、人聞きの悪い事を――」


桜にまでそんな事を言われてしまった。


「間違いないじゃない。小学校の頃の作文にボクの夢は正義の味方になる事です、だったんだから」

「まぁ、確かにそうだけど…」

「わたしがいじめられていると、よく助けに来てくれましたからね」


桜が昔を思い出しながら、小さく笑う。
小学生の頃の桜は、結構いじめられていたのだ。
まだ、あの時の傷も癒えてなかったから、少し塞ぎ込み気味だったし。

その時怒りを覚えたのが、桜の担任とかその他大勢の教師だったりする。

いじめていた側に割と学校に影響を及ぼす親を持ったヤツがいたのだ。
更にその親に常識と言うものがあればよかったのだが、そうは上手くいかなかった。
自分の子供こそ一番、正しいと考える親だったのだ。
俺は、ソイツに怒りを覚え、派手な喧嘩をした。

そこで、色んな問題になったのだが、まぁ、俺のバックには藤ねえがいたので、事無きを得た。

藤ねえの家の者が、ソイツの親の家に殴りこみにいって――。
まぁ、その後は想像できるだろう。
結局、ソイツとソイツの親は引っ越していった。


「ふーん。じゃあ、その頃から士郎は桜ちゃんのナイト様だったりしたのね」

「な――え…あ…」


桜は顔を真っ赤にして俯いた。


「煩いぞ藤ねえ。そんな事言ってる暇があったら、自分も彼氏つくってみろ」

「――な」


がーん、と打ち崩れる藤ねえ。
そのまま泣いて帰るかと思えば――。


「うう、お姉ちゃんは悲しいよう。桜ちゃん、おかわり」


ずい、と三杯目のお茶碗を差し出していた。






























「さて……始めるか」


丁度、零時きっかり、俺は一人土蔵の中にいた。
土蔵の中は、割とちらかっていて、そこには俺の趣味の物がいくらか転がっている。
多分、衛宮 士郎にとって、この土蔵こそが本当の自分の部屋なんだろう。


「――同調(トレース)、開始(オン)」


衛宮 士郎は人には言えない秘密がある。
それは、自分が普通の人間ではない事。
自分は、見習いではあるが、魔術師というモノである事――。

――いや、魔術師ではなくて、魔術使いだ。

魔術使いは、魔術を他人のために使う存在。
自分のためだけに使うのが魔術師であって、俺はそれになってはいけない、と切嗣(オヤジ)から言いつけられた。
それでも、俺は構わなかった。

――僕は魔法使いなんだ――

切嗣は俺の憧れであって、俺は魔術師には憧れてはいなかった。
だから、切嗣みたいになれるのなら、切嗣の言いつけは絶対だと信じていた。


「――っ」


今、俺は俺の身体を変えようとしている。
自分の身体を変化さえ、一本の擬似神経をつくりだそうとしている。

それが、魔術を使う時に必要な魔術回路である。

きっと、ちゃんとした鍛錬を行っているモノなら一瞬で生成が可能だろう。
だけど、強引に切嗣に教えを請い、一から十の基礎があるとして、俺は一しか習っていない。
だから、この作業にも長く時間が掛かる。


「――、――――っ」


もう、バケツの被ったぐらいの汗を流している。
身体が焼けるように熱い。
擬似神経と呼ばれる熱い鉄柱が俺の背骨にズブズブと入ってくるような感じがした。

とても痛い…。
自分の身体が壊れてしまいそうだ。
けれど、不思議と止めようと思う気持ちはなかった。


「――」


一時間程して、ようやくその擬似神経の安定がしだす。
それを確認すると、傍に落ちていた鉄パイプを片手に持つ。


「――基本骨子、解明」


自分はちゃんとした呪文なんて知らない。
俺はただ、魔術の一しか学ばなかったのだから。

それに、どうだろう?

誰が魔術の呪文をつくったのだろう?
結局、呪文とは自己暗示のようなモノなのではないか?
なら、自分にしっくり来るヤツの方が、効率はよくなるはずだ。

たとえば、無理に外国語を覚えなくても、日本語で事足りると思う。


「――構成材質、解明」


だが、知識や情報と言う物はこの上ない武器かもしれない。
なにせ、それのおかげで間違った道を進まなくてよいのだから。


「――、基本骨子、変更」


鉄パイプに魔力を流し込む。
それは、無理矢理、違う人間に違う型の血液を輸血しているような物。
そうすれば、身体は拒絶するし、成功なんてもっての他だ。
だが、それを可能にするのが俺たち――。


「――、――っ、構成材質、補強」


無理矢理流して、更にそれを目的の形に変化させる。
それが、強化の魔術。
それが、俺に出来る唯一の魔術だ――。

だが――


「――っ!!」


その魔術も簡単には成功できない。
それが、見習い魔術使いで、出来損ないの自分だから――。






――ボクの夢は、正義の味方になる事です。

それは間違いだとは一度も思った事なんてない。
現に俺は、正義の味方に救われたのだから。

それでも、その正義の味方は、全ての人を助けれなかった事に嘆いていた。

それは仕方のない事。
そう思うしか、やっていく道はなかった。
だけど、それを認めるのがとても悔しい。

そして、もしかしたら俺の夢は別の所にあるのかもしれない――。
それは、今もまだわからない――。


To be conitinued...

久しぶりに、昔の夢を見た――。



Fate/Stay Night
IF Act 4
2/1 Side:Sakura Emiya


わたしは、とてもとても痛い思いをしたようだ――。
けれど、本当の所、わたしは何も覚えてはいない。
ただ、誰かに助けられたのは確かだ――。

最初はわたしと同じくらいの歳の子だった――。

あれは、助けたと言うよりも、覆い被さったような感じだった。
仰向けに倒れていたわたしを見つけ、手を差し出そうとした時に、彼は倒れてしまった。
けれど、彼は立派にわたしを助けてくれていた。
彼がわたしの盾となって、悪い空気を吸わせないようにしてくれたのは確かだ――。

次に助けてくれたのは、なんだかわからなくて、少し怪しい無精髭のおじさんだった。

少し寂しそうな笑顔をつくっていた。
きっと、寂しそうだけど、少し安心した笑顔でもあったはず――。
今じゃもう、正確には思い出せない。
もしかしたら、わたしの思い違いかもしれないし、もしかしたら、わたしの願望かもしれない。

わたしは、この二人のおかげで生き延びれたんだ――。

この二人が、わたし、衛宮 桜に生をくれた人たちなんだ――。












「……ん…」


目覚めると、まず目にするのはわたしの部屋の見慣れた天井。
もう、この家に住んで十年以上になる。
もうすっかりわたしの帰る場所と認識できる事が嬉しい。

軽く目を手の甲で擦る。
無理矢理、頭を覚醒させる。


「……ぇ…?」


だけど、今日はいつもと違っていた。
手の甲の感触がいつもと違った。
なにか液体のようなモノを感じた。

指の腹で、目の周りについたものを拭った。

指を見ると、それは真っ赤な血だった。


「な――」


驚いて、自分の手の甲を見る。
そこには、やっぱり真っ赤な血が流れていた。
ほんの少しミミズ腫れのような痣がある。

だけど、不思議と痛みは襲ってはこない。

そうなると、自分の感覚がおかしくなってしまったんじゃないかと思ってしまう。
だけど、どんなに自分を確認しても、自分の身体に異常は感じられなかった。
痛みを感じないとなると、ほんの少し安心をする。
それは自分の力が暴発でもしてしまったのかと思ったからでもあるから――。

すると、変な考えまで生まれてしまう。

あー、シーツに血がついちゃった……今日、洗っても大丈夫かな、と。
広範囲ではないが、やっぱり血のついたシーツで夜を過ごすのは少し嫌だった。
たとえそれが自分の血でも変わらない。

急いでシーツを取り外し、洗濯機に放り込もうと思う。

昨日の天気予報によれば、今日は一日中晴天のはずだから、朝から干しておけば乾くはずだ。
今日は割と忙しい朝になりそうだ。






着替えて、キッチンの方へ向かう。
パジャマとシーツはさっきも言ったように、洗濯機に放り込んでおいた。
ついでに昨日使ったバスタオルやらも一緒に――。

なんとなく、自分の行動が奥さんみたいな感じがした。

とにかく少ない回数で、手間なく効率よく仕事をしたい。
そんな考えがわたしの中にはある。
それに、掃除、洗濯は割と嫌いじゃない。
やっぱり、キレイにするとさっぱりする。


「さて…と――」


いつもの様に俎板、フライパン、鍋を引っ張り出す。
お味噌汁は、ほとんど毎朝と言っていいほどつくっている。
魚もバリエーションを考えても、やっぱり毎朝だったり――。

まぁ、とにかく…衛宮の家の朝食はものすごく和風なのだ。

それは、お父さんの影響でもあったりする。
最初にわたしと先輩に出してくれた料理が、白いご飯、お味噌汁、焼き魚だったりする。
まぁ、お世辞にも美味しいとは言えなかったけれど――。

普段料理なんてした事がなかったのか、ご飯はジャーで炊いているのに焦げてたり。
お味噌汁は、味噌が多くて塩っ辛かった。
焼き魚なんてほとんど炭状態だった。

お父さんはものすごく沈んだ表情をしていたけれど、わたしにとってそのお料理はとても美味しく感じた。

お父さんの気遣いを感じれたのが嬉しかった。
わたしと先輩の事を大事に想ってくれているのだと思うと、胸が絞めつけられるほど嬉しくなった。
それはきっと、先輩も同じだと思う。

お父さんの気遣いが嬉しかったから、わたしと先輩は料理をつくろうと思ったのだと思う。

いつの間にか、お父さんの腕は抜かしていて、一番は先輩で次いでわたしになった。
お父さんは少し悔しそうに笑っていたけれど、わたしたちのご飯を食べてくれている時、とってもキレイな笑顔を見せてくれた。
だから、わたしも先輩もどんどん料理に拘ってしまったのだと思う。


「よしっ」


下ごしらえと言うか、後は魚を焼くだけなので、ほとんど工程は終了してしまった。
時間を見てみると、まだ時間があったりする。
今日は、さっきの件で目が覚めてしまったので、すぐに動き出した所為かもしれない。

仕方ない、こうなれば箸休めと言う感覚で、なにか簡単な料理でもつくろうかと思う。

そう思って、わたしは冷蔵庫を開けてみた。
アスパラ、ジャガイモ、ベーコンがある――。
アスパラはそのまま、切り分けて、マヨネーズやディップをつけて食べるのも美味しい。
でもジャガイモの方は、前に一度、ジャガイモを生で食べてみた事があるけれど、あれは駄目だった。
だから、両方使うとしたら、生のままの調理方法は駄目だ――。
それにベーコンもあるのだから――。

そうだ――。

わたしは思いつき、ジャガイモの皮を剥いて、長細く、人差し指の太さで切っていく。
アスパラも豪快に半分ずつ切っていく。
それをベーコンで巻いて――。




「あつっ――」


ベーコンはほんとうに油をよく飛ばす
手の方に油が飛んできて熱かった。


「それにしても、これもある意味メインなっちゃったかも…」


箸休めの料理と思ったのだけれど、いつの間にか焼き魚に並ぶメインの主菜になってしまった。


「いや、別に良いんじゃないか?」

「でも、流石にこれだけつくっちゃうと――」

「んー、二人で喰っても余らないとは思うぞ?」

「そうですか?――でも、これも食べちゃうと、後々体重計に乗るのが怖――って」


後ろを振り返ると、そこには先輩が立っていた。


「おはよ。それじゃあ、そのベーコン巻きは弁当にするか?」

「え、あ……そ、そうですよねっ」


確かに名案だと思う。
別に無理して、今食べることはないんだし。




「んじゃ、いただきます」

「はい。わたしもいただきます」


今日は大河姉さんは来ないようだ。
大方、テストの採点が終わらなくて、そのまま学校に直行するのだろう――。


「うん、今日の焼き魚の焼き加減、最高だぞ」

「え、ほんとうですか?」

「ああ。美味い」


と、先輩は箸を動かす。
自分で言うのもなんだけど、少し旨く行ったと思ったのだ。
そのまま高評価が返ってくるのが嬉しい。


「よかった――あ、せ、せんぱいっ!」

「え――な、なんだ?」

「そ、その右手から血が」

「え――?」


先輩の右手の甲から血の滴がポタポタと落ちていた。
あれは、さっきのわたしと同じみたいで――。


「うわ、いつ怪我したんだろう?別に痛くもないのに――」


そう言って、ティッシュで血を拭きながら、先輩は不思議そうに右手を見つめる。
そこには、わたしと同じような変な痣ができていた――。












「じゃあ、行きましょう、先輩」

「ああ。戸締り、ガスの元栓も二回チェックしたからな」


先輩はそう言って、笑う。
きっと、昨日の事でからかっているんだと思う。

自分で言うのもなんだけど、わたしは結構天然が入っているかもしれない。

自分では計算高いかもしれない、と心の中で思っていたりしていた時期もあったりしたんだけど――。
やっぱり、今は天然の気があると自覚してきてしまっている。

まぁ、それはいいとして、先ほどの事は何事もなく終わってしまった。

お互い、わけのわからない病気にはかかってはいない、と思うし。
もしかしたら、自分たちの力が暴発した、と言うぐらいしか思えなかったからだ。
それに、変な痣も数日後には消えそうな雰囲気なので、多分大丈夫だと見越した。

それは半分、自分に言い聞かせているわけではあるが――。


「今日は朝も出るんですよねっ」

「ああ。それと、午後もな」


先輩がそう言うと、一気に嬉しくなった。
まぁ、美綴先輩には少し迷惑を掛けるかもしれないけど――。
それでも、自分たちではわからないモノだ。

わたしたちは普通に部活動をしているのだけれど、美綴先輩に言わせれば、変なオーラが発生しているとかなんとか…。

まぁでも、直す気はあまりなかったりする。
先輩は知らないだろうけど、割と先輩の名は生徒に知れ渡っていたりする。
どんな伝わり方をしているかは、千差万別だけど――。

少し怒りを覚えたのが、便利や衛宮士郎、とか――。

確かに先輩はお人好しすぎる所がある。
けれど、それを利用する人たちがわたしはとっても嫌だった。
頑張った人には頑張った分だけ報酬を貰わなくちゃいけない…。
わたしは常々そう思っている。

先輩はいつも頑張っている。

だから、わたしも出来るだけ先輩になにかをあげたい。
けれど、先輩が欲しいものがわからないのが今の現状だ――。

先輩はなにからなにまで、正義の味方のように思えてしまう。

正義の味方は無償で動くものだ、みたいなモットーが先輩にはあるかもしれない。
けれど、そんなのは偽善だと思っている。
やっぱり、お互いに利益がないと、後でなにか面倒な事が起きるはずだ。


「お、あそこに立ってるのは美綴だな」


そんな事を考えているうちに、わたしたちは学校に着いてしまった。
やっぱり、まだ早い時間なので、生徒の姿はあまり見かけなかった。
いや、ここで今日初めて生徒の姿を見たかもしれない。

美綴先輩は、もう胴衣に着替えていた。

と、言う事はもっと前からこの学校に登校している事になる。


「おはよ、衛宮×2」

「おい、×2(かけるに)って――」

「間違いじゃないだろ?」

「……まぁ、そうだが」


わたしは美綴先輩の言動に少し苦笑した。


「まーでも、桜も結婚するとき苗字が変わらないから楽だねー。電話とか出るときもとちったりしなくていいんだし」


美綴先輩は少し意地悪そうな事を言う。
た、たしかにそれはそうだと思う。


「あ、でも、そういうとちったりする所が旦那にとっては可愛いのかな?そこの所どーよ、衛宮よ?」

「……なんで俺に振る?」

「そりゃー、ここにいる男代表として、さ。高校生の分際で世の学生が手に入れたいモノを全て手に入れている人に意見を聞こうと思ってね」

「はぁ……」


先輩は溜息を吐いた。
でも、それはほんとうなんだろうか?


「あはは、まー冗談はこれぐらいにしておいて。今日は部活やってくんだろ?久しぶりにショーブしないか?」

「む、受けて立つよ」

「おしっ、そう来なくちゃ。妻の方も強制参加だからな」

「はい」


と、思わず返事してしまった。
そうなるとやっぱり、美綴先輩は嬉しそうに笑う。
彼女曰く、今日の酒の肴には持ってこいだ、とか。

まぁ、その酒は部活で出されるお茶の事なんだと思う――。












昼休みになった。

うちの学校には割かし立派な食堂があって、ほとんどの生徒は食堂で昼食をとる。
だけど、中には弁当持参する人もいて、その中の一人が目の前にいる生徒会長さんだったりする。


「衛宮、そのアスパラのベーコン巻きを一つくれないか。俺の弁当には圧倒的に肉分が不足している」

「……いいけど。なんだっておまえの弁当ってそう質素なんだ?いくら寺だからって、生臭が駄目ってわけじゃないだろ?」

「なにを時代錯誤なことを。これは単に親父殿の趣味だ。小坊主に食わす贅沢はないそうな」

「はあ」

「悔しいのなら己でなんとかせよ、などと言う。いっそ今からでも典座になるか、俺も考えどころだ」

「あー、たしかにあの爺さんなら言いそうだ」


柳洞先輩は柳洞寺の住職で、大河姉さんのお爺さんとは旧知の仲らしい。
大河姉さんのお爺さんは、とにかく豪快で、悪く言えば極道のような人。
そんな人と気が合う、という時点でまともな人格を期待してはいけない。

とにかく、わたしと先輩はお爺さんに振り回されたことが何回かあるから言えるのだ。


「ま、いいや。んじゃ、いつか恩返しを期待して一つ」


先輩がアスパラのベーコン巻きを一つ柳洞先輩の弁当箱に放った。


「やや、ありがたく。これも托鉢の修行なり」


深々とおじぎをする柳洞先輩。
……なんていうか、こういうのが様になるコトがお寺の息子さんなのだと再認識させられるのはどうかと思う。


「そう言えば、二人は朝方、二丁目の方で騒ぎがあったのを知っているか?ちょうど衛宮たちと別れるあたりの交差点だが」

「交差点……ですか?」


朝方の交差点…。
そう言えば、パトカーが何台も止まっていたと思う。


「なんでもな、殺人があったそうだ。詳細は知らないが、一家四人中、助かったのは子供だけらしい」

「はあ…」

「それで、その犯行につかわれた凶器が包丁やナイフではなく長物だというのが普通じゃない」


長物…。
つまり日本刀、というコトだろうか。
殺人事件という事は、子供以外殺された…。

…想像をしてしまう。
深夜、押し入ってきた誰か。
不当な暴力。
一方通行の略奪。
斬り殺される両親。

その殺人犯という名の悪鬼に震える子供たち…。

わたしは少し嫌な気分になった。
あくまでも一方的な略奪…。
それを考えただけで、虫唾が走ってしまう。


「それで、一成。犯人は捕まったのか?」

「捕まってはいないようだな。新都の方では欠陥とか人為的な事故とか騒いでいて、警察の方も慌しいようだ」

「……そうか」

「――どうした衛宮?喉にメシでもつまったか?」

「? 別に何もないけど、なんだよいきなり」

「いや……衛宮が厳しい顔をしていたのでな、少し驚いた。すまん、食事時の話ではなかったな」


柳洞先輩はすまなそうに場を和ます。
たしかに、先輩の顔はいつもと違っていた。
まるで、自分の所為と思っているような――。













「それじゃあ、今日はこれで終わり。部活の人はなるべく遅くまで残らないでください」


今日は少し疲れた気がする。
美綴先輩が、悔しがって結局、一時間目の授業が始まるか、ぐらいの瀬戸際まで道場にいた。
それで、タイムアップと同時にわたしたちは更衣室に走って、急いで着替えた。
その後、お昼は柳洞先輩が話した事件のことで、少し気分が悪くなった。

そして、極めつけは午後の授業の体育でマラソンをしたため、もう半分以上の体力を使い切った状態になっている。

もうクタクタと言うような感じだ。
だけど、午後の部活には行こうと思っている自分が少し可笑しかった。
どんなに疲れても、部活には行きたい自分がいる事に。

それに、今日は先輩もいる――。


「衛宮さん」

「…え?」

「あの…間桐先輩が呼んでるんだけど」


そう言われて、わたしは教室の入り口の方を見た。
そこには、部活で一緒の間桐先輩がいた。


「ねー、間桐先輩ってば衛宮さんに告白ー?」

「ばーかね、桜ちゃんはもう彼氏って言うか旦那がいるじゃない。そんなの間桐先輩だって知ってるわよ」


少し外野が騒がしくなるけれど、わたしは少し苦笑しながら、間桐先輩の所に行った。
間桐先輩はほにゃっとした柔らかい笑顔を見せていた。
みんなはこの笑顔にときめいたりする、とか言っていたけど、わたしにはなにも感じなかった。

と、言うか…なにか無理をしているような感じさえしていた。

間桐先輩と出会ったのは、一年前。
わたしが部活に入りたての頃だった――。
悪い噂もなく、明るく、人懐こい彼の人柄のおかげで、彼の周りには人が集まっていた。
けれど、わたしは彼の周りには行かなかったのを覚えている。

なにか、違和感を感じたから――。


「悪いね、衛宮。急に呼び出したりして」

「いえ。――それで、なんですか用って?」

「ん。ちょっと、ここじゃ話せない事だから、屋上にでも行こうか?」

「?――はい、わかりました」






「うわ、少し寒いな」


間桐先輩は笑いを含んだ言葉を発した。
なんでそんなに楽しそうに演じているかがわからなかった。


「それで、用ってのは――君はなにも覚えてないのか?」

「え――?」


いきなり間桐先輩の表情が変わった。
それは、少し冷たくて、少し怖かった。


「君は、なにも覚えてない…のか?」


彼の言っている事は、きっと十年前の事だろう。
この町で起きた、あんな大きな事件を町の人間で知らない人間なんていないはずだ。
実を言うと、わたしと先輩が付き合うときに、大まかに事情はみんなに話したのだ。

だから、わたしと先輩があの事件から生還した人ってのは、少なくとも美綴先輩と間桐先輩は知っている。


「…すみませんが、十年前の事はすっかり忘れています。自分が今の自分になる前は白紙状態です」

「――そうか」


そう言って、間桐先輩は黙った。


「すまないね、手間をとらして」

「いえ。それはいいんですけど、いきなりなんですか?」

「ん?いや、別に――。あ、そうそう、明日は僕部活出れないんだよ」

「はあ」

「それで、前から藤村先生に頼まれてた備品置き場の整理の期日が明日までなんだよ。だからさ、衛宮たちに頼みたいんだけど――」

「それは、いいですけど…」

「あー、もちろん報酬はあるよ。お互いギブアンドテイクだ。そうだな、衛宮の好きな映画のチケットをペアで買ってあげるよ」

「え、ほんとうですか?」

「ああ。それぐらいの報酬は出さないとね。それに、衛宮の旦那に話すと無報酬で引き受けちゃうだろ?だから、マネージャーの君に頼んだのさ」

「も、もう、間桐先輩ったら」

「まぁ、そう言う事で頼むよ。――それと、頼んだ本人が言うのもなんだけど、なるべく早めに帰った方がいいよ。最近物騒だから」」


間桐先輩はそう言って、学校の中に入っていった。


To be continued...

炎の中にいた。



Fate/Stay Night
IF Act 5
2/2 Side:Shirou Emiya



崩れ落ちる家と焼け焦げていく人たちを、俺はただ眺めていた。

いや、見捨てて、俺は逃げていた。

走っても走っても風景はみな赤色。
建物のも草も木も、そして、人も――。
全てのモノの形は失われかけていて――。
酷いモノは、元の形さえもわからない――。

でも、みんなはこう叫んでいる。


『タスケテ』


と。
だけど、俺はそんなコトは出来なくて。
自分自身を生かすコトで精一杯だった。

耳の中に入ってくる声は、とても痛々しい――。

これは十年前の光景だとはわかっている。
長く、思い出す事がなかった過去の記憶だ。
その中を、俺は再現するように走っている。

悪い夢だと知りながら出口はない。
走って走って、どこまでも走って。
行き着く先は結局、力尽きて助けられる、幼い頃の自分と桜だけだった。

その世界では、桜と俺だけに色があった。
桜が苦しそうに倒れていて、俺は何故か桜を生かそうと考えていた。
それは何故なのかはわからない。

きっと意味があったコトだ――。
だけど、それさえも忘れてしまった。

だけど、結果的に桜は助かったのだ――。

それが、唯一の救いかもしれない――。












「――――」


嫌な気分のまま目が覚めた。
胸の中に鉛がつまっているような感覚。
額に触れると、冬だと言うのに鬱陶しく感じるほど汗をかいていた。


「……ああ、もうこんな時間か」


時計は六時を過ぎていた。
耳を澄ませば、台所からはトントンと包丁の音が聞こえてくる。


「桜は、早起きだな」


毎朝、これは変わらない。
毎朝、起きると必ず耳にするのは包丁が俎板を叩く音。
とんとんとん、と小気味良い音が聞こえてくる。
……て、感心している場合じゃない。
こちらもさっさと起きよう。






「士郎、今日どうするのよ。土曜日だから午後はアルバイト?」

「いや、バイトは入っていない。一成の所で手伝いでもしてると思う」

「そっか。もー、一応弓道部の部員なんだから顔は出しなさいよ」

「わかってるって」

「そっか、わかってるならよろしい。それで、暇だったらお昼に来てくれない?わたし、今月ピンチなのだ」

「? ピンチって、何がさ」

「お財布事情がピンチなの。誰かがお弁当作ってくれると嬉しいんだけどなー」

「断る。自業自得だ、たまには一食抜いたほうがいい。最近、体重計に乗るのが恐いんだろ?」

「うん、そうなんだよねー、最近、わき腹の辺りとか危な…って、シロー!」

「はいはい。俺たちと同じ物でいいなら用意するよ」


もちろん、俺と桜の弁当、と言うコトだ。


「うん、おっけーおっけー。じゃあ今日は一緒にお昼食べましょう」


いつも通りに朝食は進んでいく。
今朝のメニューは定番のほか、主菜でレンコンとこんにゃくのいり鶏が用意されていた。
手の込んだ物だが、きっと、これを昼の弁当にアレンジするのだと思う。


「そう言えば士郎。今朝は遅かったけど、何かあった?」


味噌汁を飲みながらこっちに視線を向ける藤ねえ。
ほんとうに変な所は鋭い。


「別に。昔の夢を見ただけだ。寝覚めがすっげー悪かっただけで、あとはなんともない」

「そっか。……桜ちゃんはどう?最近は魘される事が少なくなったと思うけど――」

「はい。割と最近は大丈夫です。……それでも、月一は必ず見ますけど」


桜はそう言って、苦笑した。
それにしても、俺たちは少なからず成長はしたと思う。

十年前のことだ。

まだあの火事のようなものの記憶を忘れられない頃は、頻繁に夢に魘されていた。
それも月日が経って、今では夢を見てもさらりと流せるぐらいには立ち直れている。

…ただ、当時はわりと酷かったんだと思う。

その時からうちにいた藤ねえは、俺と桜のそういった変化には敏感なのだ。


「士郎、食欲はある?今朝にかぎってないとかない?」

「ない。なんともないんだから、人の夢にかこつけてメシを横取りなんてするなよな」

「ちぇっ。士郎と桜ちゃんが強くなってくれて嬉しいけど、士郎の場合はもちょっと繊細でいてくれたほうがいいな」

「そりゃこっちの台詞だ。もちっと可憐になってくれたほうがいい、弟分としては」


そう、俺たちは軽口を言い合った。
桜は隣でくすくすと笑っていた。






























土曜日の学校は早く終わる。
それと比例してか、日も短くなっているように感じてしまう。

今日はなんだかこの学校に違和感を感じていた。

学校はいつも通りだ。
朝は朝練に励む生徒たちは生気にあふれ、真新しい後者には汚れ一つない。

多分、気のせいだと思う。

なのに、目を閉じると雰囲気が一変してしまう。
校舎には粘膜のような汚れが張り付き、校庭を走る生徒たちはどこか虚ろな人形みたいに感じられた。

それは、一日中続いていた。

そう感じるたびに、軽く頭を振って、思考をクリアにする。
そうして、どことなく元気がないように感じられる校舎で一日を送った。

午後は藤ねえと桜と一緒に弁当を食べた。
その後、逃げるように弓道場を出て、一成の手伝いをしていた。
それが終わったのは、五時近くだと思う。

そう言えば、桜が慎二に弓道場の備品置き場の整理を頼まれた、と言っていた。

俺も一成の手伝いが終わったらすぐに行くと言った。

多分、桜は律儀な性格だから、部活が終わるまで、作業は始めないだろう。
そうなると、ようやく今から整理を始める。
うちの弓道場は、わりと片付いているようには見えるが、裏の部分はなんとも言えない。


「よし、じゃあ行くか」


そう言って、俺は弓道場に向かった。







弓道場に行くと、既に部活は終わっていた。
そこに桜が一人いた。
着替えも済んだようで、一息ついている所のようだ。


「よ、桜」

「あ、先輩。来てくれたんですね」

「ああ。約束したろ?それに、時間を無駄に使うのも悔しいからちゃちゃっと終わらせよう」

「はい」







「んー、こんなモノもあるんだな」

「あ、ちょっと可愛いですね」

「でも、なんで虎のストラップが弓についてるんだ?」

「――大河姉さんのじゃないですか?」

「……やっぱりそう思うか?」


いざ備品置き場なんて片付けてみようとすると、変なものがたくさん出てくる。
変な形に折れた矢とか弓。
こんなとこに置くなら、早く廃棄しろって感じがする。

もはや備品置き場と言うより、物置と言った方が正しいかもしれない――。

そこで見つけたのが、何故か弓の弧の部分の端っこに小さな穴を空けて虎ストラップがついている弓を見つけた。
まぁ、これだと一目で誰が持ち主かなんてわかってしまう。

こんなふざけた事をするのは、ヤツしかいないだろう。


「げ、矢の羽にまでついてる」

「…矢の軌道が変わりそうですね」


今度は矢の羽に先ほどと同様のストラップがついた、矢があった。
どうにもこれは、弓道に対して冒涜しているとしか考えられないのだが――。

まぁ、それでも藤ねえの射の腕はやっぱり、人並以上だ――。

そう言えば、竹刀にも虎ストラップをつけて、それでなんかの大会で退場になった過去を持ってるって聞いたことがある。
ルールを守れば、きっと良い所まで行くんだろうな。


「げ、もう八時じゃないか」

「わ、そうですね。早く切り上げないと」


いつの間にか、時計は八時をまわっていた。
まぁ、こんな珍備品も出てくるので備品置き場の整理も楽しかったりする。
主に藤ねえの物ばかりなのだけど――。

やはり、姉の不始末は弟と妹がつけると言うのがセオリーらしい――。












「よし、帰るか」

「はい」


俺と桜は、弓道場の戸締りをして、家へと帰ろうと思った。
きっと、藤ねえも帰っていて、お腹が空いた、とか言いながら転げ回っていると思う。
だから、急いで帰って遅めの夕飯をつくらないと――。


「……ん?」

「――どうしました、先輩?」

「……いや…なんか、音が聞こえて」

「…音?」


耳を澄ませてみる。
すると風に運ばれて、小さな音が聞こえる。
それはまるで、出来の悪い鐘を鳴らす音のような、音だった。

なにかの金属同士がお互いを弾き合っている音が聞こえた。


「グラウンドの方だ、行ってみるぞ」

「え――ちょ、先輩っ!」


俺はグラウンドに向けて走り出していた。
桜も後ろについてきた――。






「な――」


俺が見たのは、今までの常識を覆す物だった。
それは、人の限界したモノ同士の戦い。

まるで、アニメの世界を見ているような――。

多分、映画のマトリクスの世界を現実に見てたら、頭がおかしくなる。
きっと、そんな感じの状態だ。
それほどまでに、あの赤と蒼の男たちの戦い方は激しいものだった。

一方が俺たちの目に見えない、光速の攻撃を繰り出しても、相手は簡単に受けたり、回避する。

だが、受けている側もただでは終わらず、すぐさま反撃をする。
そして、その攻撃も普通の人間にとっては、必殺の攻撃だ。
おそらく、彼らにとってもそうだろうが、お互いの技が拮抗していれば、それは牽制程度にしかならない。

きっと、あの二人に必要なのは相手の油断、隙、自分が勝利するための布石だ――。


「せ、せ…ぱい…」

「しっ――」


桜の口を塞ぐ。
きっとアイツらなら、俺たちの声なんて簡単に聞こえてしまう。
いや、聞こえるのではなく、人がここにいると感じてしまうんだ。

アレは人間じゃない。

きっと、魔的なものに違いない。
ここからアイツらの場所まで、優に200Mはあるはずだ。
だけどアイツらの殺気は、俺たちに向けられていないはずなのに、全身に刺さってくる感じがした。

身体が思うように動かない。

俺がこんな感じなのだ、桜はもっと恐怖を感じているはずだ。
早く逃げないといけない、無茶と無理は違うように、俺たちとアイツらは別の存在なのだから――。

だが、恐怖を感じていると同時に、何処か見惚れている部分があると、俺は実感していた。
誰にもが届かない場所に届いた、あの二人がほんの少し羨ましくて、ほんの少し尊敬した。

きっと、才能があったには違いない――。

けれど、きっと努力をしたには違いない――。
だから、そんな二人が羨ましかったし、尊敬できた――。


「――桜、一刻も早くここから出るぞ」

「は、い」

「アイツらはきっと、人間じゃない…。だから、俺たちが敵うはずもない」


そう言って、俺は桜の手をとって、そっと校門の方へ急いで走る。
砂利がほんの少し混ざっているから、足音を起てそうで怖い。

起てれば、即座に俺たちはお陀仏だ。


「逃げるぞ――」


俺は自分に言い聞かせた。


To be continued...

「なに、学校に行くだと?」



Fate/Stay Night
IF Act 6
2/2 Side:Rin Tosaka



「ええ。何か問題あるかしら、アーチャー」


わたしは、赤い外套の男にそう言った。
赤い外套、なんか着てるからに真っ当な人間ではない。
いや、着る人もいるだろうけど、その人たちも時と場合を考えている。

まぁ、簡単に言えば、コイツは人間でもなくて、一応わたしの使い魔だ。

一昨日の夜、わたしはついにサーヴァントを召還した。
もちろん、手に入れたかったカードはセイバーだった。
あー、なんと言えば良いのかわからないけど、遠坂の血の悪い所が出てしまったのだ。
わたしはなんでもそつなくこなすけれど、大事な時でこそ大ポカをする。
それが遺伝であるのがなんとも恨めしい。

それで、わたしが手に入れたのはこの赤い外套の男、アーチャー、だ。

その名の通り弓を武器に使うサーヴァント…らしい。
あー、大ポカの所為で召還にも召還に失敗して、記憶が曖昧な状態らしい。
まぁ、生前の頃の記憶なんて興味はない、ただ客観的な情報が欲しかったのだが、そこら辺がスポーンと抜けているらしい。
わたしはそれを思い出し、少し溜息を吐いた。


「――なにか、私に対して不快な事を考えなかったか?」

「別に。……で、どうなのよ?」

「……問題はないが、しかし、それは」


アーチャーは言い淀みするけれど反論はしない。
昨日一日で、遠坂 凛という人間は一度決めた事を覆す性格ではない、と理解したからだろう。
口にしなくても判るというか、アーチャーは皮肉屋だけど妙に素直なところがある。
そのため、認めた事柄に文句をつける事はないみたいだ。

うむ、ようするに不器用な忠義者なのだ。

これ、昨日一日アーチャーを観察した結論というか、直感みたいなものなんだけど。
まぁ、皮肉屋の部分は少し癪に障るのは置いておいて…。


「凛。マスターになったからには、常に敵マスターを警戒しなくてはならない。学校という場は、不意の襲撃に備えにくい場所だろう」

「そんなことはないけどね。それに、わたしはマスターになったからって、今までの生活を変える気はないわ」


自分らしくがモットーのわたしには、そんなの関係ない。


「それにマスター同士の戦いは人目を避けるモノでしょう?それなら人目につく学校にいれば、不意打ちはないと思うわ」

「……そうか。凛がそう決めたのなら私は従うだけだ。だが、霊体化して君の護衛ぐらいはするぞ?」

「ええ。それで構わないわ。マスターを守るのもサーヴァントの役割なんだから、頼りにしてるわ」

「ふむ。それを聞いて安心した。信頼に応えるのは騎士の勤め、せいぜい期待に添うとしよう」

「ええ。まぁ、学校の中はそう身構えなくてもいいかもね」

「ほう。何故そう言える?」

「この町には魔術師の家系はウチと、あと一つしかないの。そのあと一つっていう家系は落ちぶれているし、マスターにもなってないし」

「……」

「ま、一応誰かも知ってるから、万が一、億が一の不意打ちなんて考えられないわ。それより、問題は適正がありすぎるけど、知らないヤツの事よね」

「……そうか」


最後の部分は小声になったので、アーチャーには気づかれなかった。
いや、もしかしたら、気づかないでくれているのかもしれない・


「だから今回の聖杯戦争は外からやってくる魔術師がほとんどだと思うわ。そんな連中が学校にまでやってくる事はないでしょ」

「……まあ、今の段階ではな。例外がない事を祈ろう」


そう言って、アーチャーは黙った。
ほんとうに口の減らないヤツだ。

はぁ、学校に行く前に無駄な体力を使ってどうする。


「そんな事あるわけないじゃない。もしもの話っていうのは、起きないからもしもの話なのよ」

「ふむ。ヤケにIFの話を否定するな」

「ええ。わたしはもしもって話が嫌いだからね。もしそんな事になったら、その時はわたしの見通しが甘かったってだけなんだから」

「よし、確かに聞いたぞ。それでは行こうか凛。そろそろ行かねば間に合わぬぞ」

「はぁ……」












「驚いた。もしもの話ってホントにあるのね」

「ああ、私も驚いている。いや、何事もケチをつけておくものだな。思わぬところで役に立った」


正門をくぐるなり、二人してそんな軽口を叩き合う。
周りには教室に向かう生徒たちの姿があって、時計はじきHR開始の時刻になろうとしている。

あ、あそこに綾子とあの二人が走っている姿が見える。

そんな、我先にと校舎へ向かっていく人波の中、ガーンと立ち尽くすわたしとアーチャー。


「空気が淀んでるどころの話じゃない。これ、もう結界が張られてない?」

「完全にではないが、既に準備は始まっているようだな。ここまで派手にやっているという事はよほどの大物か……」

「とんでもない素人ね。他人に異常を感じさせる結界なんて三流だもの。やるんなら、仕掛ける時まで隠し通しておくのが一流よ」

「――で。君はどちらだと思う、凛」

「さあ。別にどちらだろうと構わないわ。わたしのテリトリーにこんな下衆なモノ仕掛けたヤツなんて、ぶっ倒すだけよ」


わたしはふん、と鼻をならして校庭を通り抜ける。
魔術師である以上、キレイごとを口にするつもりはないけど。
この結界を張ったヤツには、しかるべき報いを与えてやらなきゃ気が済まない。






二時間目が終わって、音楽室から帰る途中。
頼りない足取りで廊下を歩いている一年生を見かけた。
一年生は何かの資料を運んでいるのか、見るからに大変そうだ。


「手伝うわ、桜」

「え――?」

「あ、遠坂、先輩――」

「なに、プリント?世界史っていったらうちの担任じゃない。葛木のヤツ、女生徒に使いをさせるなんてなに考えてんだか。ほら、半分貸して」

「あ……はい。ありがとうございます、先輩」

「いいっていいって。それじゃコレ、桜のクラスまで?」

「……ううん、葛木先生のところです。誤字があったから回収するって言ってました」

「……納得。葛木は融通がきかないからね。ひとつ誤字があったぐらいで試験を中止させるぐらいのヤツだった」

「……?試験って、学校の試験をですか?」

「そう、あれは去年の中間試験だったかな。試験を受けている時にね、誤字があるので正しい問題ではなかった、だから後日改めてやるって言ったのよ」

「なんか葛木先生らしいですね、それ。先生、物を教える立場に間違いは許されないって人ですから」

「アイツのは度が過ぎてんのよ。ホント、岩か山かって感じの堅物なんだから」

「ふふ。でも、遠坂先輩、葛木先生の事が好きなんですね。先輩がそんなふうに言うなんて、珍しいです」

「そう?……まぁ、筋を通しているヤツだから、嫌いじゃないわよ。もう少し柔軟性があればいいとは思うけど……」


まぁ、そうは思ってもあの先生はあのままでもいいと思ってたりもする。
うちの学校には生徒にとことん親しまれる教師と、とことん恐れられる教師がいる。
そのバランスが絶妙なもんだから、葛木先生はいい規律になっていると思う。
飴と鞭でいうところの鞭だ。


「ま、二年生になればもっと葛木と顔を合わせるようになるわ。アイツは倫理も受け持ってるし」

「そうですか……あ、ここまででいいです先輩。あとは届けるだけですから」

「そう。それじゃまたね」


プリントの束を桜に返す。
そのまま自分の教室に戻ろうとして、少しだけ立ち止まった。


「桜、最近どう?」

「え、あ、はい。元気です、わたし」

「そう。それならいいわ」


もう一度お別れを言って、顔見知りの後輩に背を向けた。












一日が終わった。
教室から生徒たちの姿が減っていき、校舎は刻一刻と翳っていく。
じき日が沈む。
赤い夕日が落ちて夜になれば、学校に残る人間はいなくなるだろう。


「始めるわよアーチャー。まずは結界の下調べ。どんな結界かを調べてから、消すか残すか決めましょう」


見えざる相棒に声をかける。
アーチャーは承知しているのか、頷くような気配を返してきた。

結界とは術者を守るモノを指す。

魔力で編んだ綱を土地に張り、その内部に手を加える地形魔術と言えるだろう。
結界内での効用は千差万別。
結界を張った地域そのものを人目に付かないよう遮断するモノから、結界内での魔術を制限するモノまで多種多様だ。
その中でもっとも攻撃的な物が、結界内における生命活動の圧迫である。

学校に張られている結界はその類の物だ。

いまだ完成してはいないけれど、ひとたび結界を編み上げれば学校中の人間はことごとく昏倒するだろう。
けどそんな物、わたしには効果はない。
結界は所詮、わたしという個人にではなく、わたしが居る場所にかけるモノだ。
そんな間接的な魔力干渉は、自身の体に魔力を通している魔術師にはなんら効果はない。
大気に漂う程度の弱い電流は、わたしという強い電流には近寄れず弾かれるだけなんだから。

故に、この結界の意図は他にある。

どんなヤツが学校に結界を張ったかは知らないが、そいつの目的はマスターを倒す事じゃない。
つまりは、餌場にしようと企んでいるのだ。
そいつが誰に餌をやるかなんて、手に取るようにわかる。
だって、与えるヤツは――。






校内を軒並み調べ、最後の締めとして屋上に出る。
外はすっかり闇に落ちていた。
門限である六時を過ぎて、時刻は八時。
学校に残っているのはわたしと、隣で霊体になっているアーチャーだけだ。


「――これで七つ目か。とりあえず起点みたいね」


屋上には堂々と七画の刻印が描かれている。
魔術師だけに見える赤紫の文字は、見たこともないカタチであり、聞いた事もないモノで刻まれている。


「で、どうだ?」

「……まいったな。これ、わたしの手には負えない」


この結界を張ったヤツは何も考えていない。
何も考えていないけど、この結界自体は桁違いの技術でくくられている。
一時的にこの呪刻から魔力を消す事はできるけど、呪刻そのものを撤去させる事はできない。
術者が再びここに魔力を通せば、それだけで呪刻は復活してしまう。


「――――」


アーチャーは何も言わない。
それは、この結界の本質に気が付いたからだろう。
この結界は体力を奪う、なんてモノじゃない。
一度発動すれば、結界内の人間を文字通り溶解させる。
つまりはアレだ。

虫を捕まえてそれを溶解して栄養に変えるあの花と同じなのだ。

学校全体がその花で、わたしたちが虫、と言うことだ。
更にこの結界は魂を集める作用も持っている。
魂は、変換不可能なエネルギーである。
集めたところで魔術師には使い道がない。
だから、意味があるとすれば、それは。


「アーチャー。貴方たちってそういうモノ?」

「……ご推察の通りだ。我々は基本的に霊体だと言っただろう。故に食事は魂、ないし精神要素となる」

「……そう」

「まぁ、栄養をとった所で今更成長するわけではないがな。と、なれば――」

「魔力の貯蔵量があがっていく、って事か」

「そうだ」


自らのサーヴァントを強力にする方法が、無差別に人間を襲うことだ。


「マスターからの供給でも足りなくはないが、実力が劣る場合、弱点を物資で補うのが戦争だ」

「…それ、癪に触るわ。二度と口にしないでアーチャー」

「同感だ。私もそんな下衆な事なぞしない」


アーチャーは力強く返事をしてくれた。


「……さて。それじゃあ消そうか。無駄だろうけど、とりあえず邪魔をするぐらいにはなる」


地面に描かれた呪刻に近寄り、左腕を差し出す。
左腕に刻まれたわたしの魔術刻印は、遠坂の家系が伝える魔道書だ。

ぱちん、と意識のスイッチをいれる。

魔術刻印に魔力を通し、結界消去の節を読み込んで、あとは一息で発動させるだけ。


「Abzug(消去) Bedienung(摘出手術) Mittelstnda(第二節)」


左手を地面につけて、一気に魔力を押し流した。
これで、とりあえずはこの呪刻から色を洗い流せるのだが――。


「なんだよ。消しちまうのか、もったいねえ」


唐突に。
結界消去を阻むように、第三者の声が響き渡った。


「――!」


即座に立ち上がり、振り返る。
給水塔の上にそれはいた。

夜に溶け込む深い群青。
つりあがった口元は粗暴で、獣臭じみたものが風に乗って伝わってくる。

きっと、これは血の臭いだ――。


「――これ、貴方の仕業?」

「いいや。小細工を弄するのは魔術師の役割だろう?オレ達はただ命じられたまま戦うのみだ。……そうだろう、そこの兄さんよ?」

「――!」


軽々と、しかし殺意に満ちた声。
この男には、アーチャーが見えている……!


「やっぱり、サーヴァントのようね……」

「そうとも。で、それが判るお嬢ちゃんは、オレの敵ってコトでいいのかな?」

「――」


背筋が凍る。
なんという事のない、飄々とした男の声。
だけど、その声は今まで聞いた事がないくらい、冷たかった。

どう動くべきだろう?

どの動きが最善なのかが判らない。
ただ、この男とここで戦う事だけは、絶対に避けなければならない、と理性が告げている――!

男は腕を上げる。

事は一瞬。
今まで何一つ握っていなかったその腕には、紅い、二メートルもの凶器があった。


「は、っ――!」


考えるよりも、ほとんど本能的な感じで真横に跳んだ。
フェンスを突き破るとかどうとかなんて考えないで、目の前の凶器を避ける事が第一だ。

ヒュッ、と風を切るその凶器やり。

間一髪。
ほんの瞬きの間に突進してきたソレは、容赦なくフェンスごと、一秒前までわたしがいた空間を斬り払った


「は、いい脚してるなお嬢ちゃん!」


退路なんてない。


「Es ist gros(軽量、), Es ist klein(重圧)……!」


反応は早かった。
左腕の魔術刻印を走らせ、一小節で魔術を組み上げる。
身体の軽量化、重力調整。
羽と化した体は軽々と跳び上がり、フェンスを飛び越えて、屋上から落下した。

地面に降りる間に、更に魔術を組み上げる。

落下するスピードを早める。


「アーチャー!」


着地の衝撃を殺させて、地面に足がついたと同時に走り出す。
場所を変える、それが第一にやらなければいけない事だ。

相手は槍のサーヴァント。

場所に限りのある屋上では分が悪い。
わたしたちの目指す場所は、長所を生かせる遮蔽物のない広い場所!

きっと常人には残像しか見えないはずだ。

けど、そんなものは――。


「いや、本気でいい脚だ。ここで仕留めるのは、いささか勿体無い気がする」

「アーチャー!」


わたしが後ろに引くのと同時に、前に出たアーチャーが実体化する。
僅かにしか月の光を感じないこの夜。
アーチャーの手には、一振りの短剣があった。


「へえ、潔いじゃないか。貴様はセイバー…ってわけじゃなさそうだな。そら、そんな短剣じゃなくてちゃんとした獲物をだせよ」

「――ふっ」


アーチャーは何も言わず、ただ鼻で笑った。


「アーチャー……手助けはしない。ここで貴方の力を見せてもらうわ」


そう、アーチャーはわたしの命を待っていた。
いっちょ、わたしに後悔させて貰おう。


「――ク」


それは笑い、だったのか。
わたしの言葉に応えるよう口元をつり上げて、紅い騎士は超疾した。

渦巻く突風。

短剣を手に、赤い弾丸が疾走していく。


「バカが!弓兵ごときが剣術だと!」


槍兵は小さく笑みを浮かべながら、迎え撃つ。
突風を迎え撃つのは、神風――。

高速の突きを、アーチャーはすんでに短剣で受け流す。
赤の弾丸の動きが止まる。
敵は、相手の疾走を許さない。

長柄の武器を持つ者にとって、距離は常に離すものだ。
それが、その武器を持つ者の戦い方のセオリー。
それに、長柄の武器は踏み込んでくる敵を貫く方が容易く敵を倒せる。

にも関わらず、ランサーは自らの距離を詰める。


「たわけ、弓兵風情で!」


槍の戦いのセオリーは、先ほども言ったように距離を保つもの。
けれど、そのセオリーもランサーにとっては普通の人間にとっての常識でしかなかった。
ランサーの槍に、戻りの隙などはなくて、距離の事なんてお構いなしだ。

ランサーの攻撃は全て、残像が見えるくらい早い。
常人なら、一瞬で死んでしまうだろう。
だが、それでこそ、サーヴァントであるアーチャーは未だに攻撃を弾き続けている。
それが常人との違い――。

お互い、普通の攻撃では必殺とはならない。

わたしは援護しようとするも、上手く声がでない。
正直、わたしの魔術は狙いが甘い。
もっとランサーとアーチャーの距離が離れないとアーチャーまで巻き込まれてしまう。
下手をすれば、ランサーにとって有利な状況になってしまうかもしれない。
だから、下手な手出しはできない。

それに――。

正直、わたしは見惚れていた。
アレは人間、魔術師、を超えたモノの戦いなのだから。


「――!!」


ランサーの一撃により、短剣を弾かれた。


「間抜け」


さらに追撃をする。
眉間、首筋、心臓。


「っ!?」


だが、見る事さえできぬ閃光を、日輪の如き刃が弾き流す。
驚いた事に、アーチャーの手には先ほどまでの短刀が握られていた。
いや、同じではない――。


「ち、二刀使いか…!」

「――」

「は、弓兵風情が剣士の真似事とは!」


ランサーの槍が奔る。
だが、アーチャーもそれに応えるように攻撃を弾く。

それは本当は一瞬だったのかもしれない。

だけど、この場にいるモノはとても長い時間に感じただろう。

ランサーは高速の突きを繰り返し、アーチャーはそれを弾く。
時々、アーチャーの短刀は弾き飛ばされるが、瞬時に同じ物が握られている。
その異様な光景に、ランサーは一度後退する。
だが、攻撃の雨は変わらない。




一度、ランサーが大きく後ろに跳んだ。
そして、その場で足を止める。


「……二十七。それだけ弾き飛ばしてもまだ有るとはな」


苛立ちと困惑が混ざった声で呟く。
その気持ちはわたしも同じだ。

サーヴァントの武器は、宝具と呼ばれ、彼らの最終兵器だ。
だが、それは代えの利く物ではなくて、唯一無二の武装。
アーチャーが何十と出した剣は、たしかにそれぞれが名剣ではあるようだけれど、宝具ではないのだろう。

それも当然、アーチャーのサーヴァントなのだ、彼は。

それ故、彼が持つ宝具は弓でなければいけない。


「どうしたランサー、様子見とは君らしくないな。先ほどの勢いは何処にいった」

「……チィ、狸が。減らず口を叩きやがるか」


ランサーが困惑するのも当然だ。
アーチャーは弓兵であるのだから、先ほどまで剣戦を行っていた彼はまったく手の内を見せてないと言う事になる。


「……いいぜ、訊いてやるよ。テメエ、何処の英雄だ。二刀使いの弓兵なぞ聞いた事がない」

「そういう君は判りやすいな。これほどの槍手は世界に三人といまい。加えて、獣の如き敏捷さだ。恐らく君は」

「ほう、よく言ったアーチャー」


途端。
あまりの殺気に、呼吸を忘れた。

ランサーの腕が動く。

今までとは違う、一分の侮りもないその構え。
槍の穂先は地上を穿つかのように下がり、ただ、ランサーの双瞼だけがアーチャーを貫いている。


「――ならば食らうか、我が必殺の一撃を」

「止めはしない。いずれ越えねばならぬ敵だ」


ライダーの体が沈む。
同時に、茨のような悪寒が、校庭を蹂躙した。

……空気が凍る。

比喩ではなく、本当に凍っていく。
大気に満ちたマナは全て凍結。
今この場、呼吸を許されるのはランサーという戦士だけ。


「――まずい」


直感だけど、わたしにはわかってしまった。
あれが奔ればアーチャーは死ぬ。

だけど、わたしには止める手立てがない。

わたしが少しでも動けば、戦闘は再開されてしまう。
だから、この戦い、アーチャーの敗北を止める事ができるとしたら、それは――。


「――誰だ……!!!」


わたしたちが見逃していた、偶然という第三者の登場に他ならなかった。


「……え?」


ランサーから放たれてた殺気が消えた。
ふいに体が楽になる。
走り去っていく足音が聞こえる。
第三者も気づいたようだ――。

ふと、その方向を見た。

その後姿は、間違いなく学生服だった。
それも二組…。
一人は男で、もう一人は女だ。

先ほどの直感がまた、わたしに伝えてくる。

あれは…■■■■たちだと言う事を――。


「凛っ!」


無謀なのは判っている。
自分自身が判っているのだ。
けれど、向かってしまうのはどうしてか判らない。

わたしは全速力で■■■■たちに走り寄る!

だけど、ランサーの槍は止まらない。
何もかもがスローペースになる。
男の方は鞄を盾にしようとしている。

バカ。

そんな物じゃ、ランサーの槍は止められない。
どんなに軽い一撃も普通の人間にとっては必殺の攻撃。
きっと、鞄ごと彼の心臓を貫いてしまう。


「ば――!」


わたしは声を張り上げようとする。
けれど、声が出なかった。
いや、出たけれど走るスピードで掠れてしまったかもしれない。


「ぬ――!?」


ランサーの槍は鞄を貫いた。
だが、必殺ではなかった――。
何故か鞄を貫こうとした瞬間、槍の動きが遅くなった。
確かに彼の肩に傷をつけたが、必殺ではなかった。


「貴様っ」


そうまったくもって予想外の出来事だ。
もしも、だったけれど、彼が■■■だったなんて。


「逃げなさいっ!!」


ランサーに追いついた。
二人の前に立つ。
一秒以内にランサーの追撃がくるだろう。
そうなったら、わたしでは防げない。


「――!」


あー、やられたと思った。
だけど、痛みは全然来なくて――。


「なにを呆けている場合か、凛!」

「あ――アーチャー」


わたしのすぐ後ろを追いかけて来てくれたようだ――。


「凛!早くそこの小僧らを連れて安全な場所へ行け!」


アーチャーはランサーの攻撃を弾きながら言う。
今のアーチャーには守るものが多すぎる。
だから、今のアーチャーの言葉は正しい。


「――わかった。貴方も出来たら逃げなさい」

「ふっ、もしかしたら倒しているかもな」


アーチャーは軽口を叩く。
わたしは彼の言葉に少し安心を覚え、その二人を引き連れていく。


To be continued...

俺たちは全速力で走っていた。



Fate/Stay Night
IF Act 7
2/2 Side:Shirou Emiya



俺達が住んでる町は割と坂があったりする。
だからその坂は否応なしに俺の体力を減らしていく。
桜は見るからもうバテバテな状態だ。
今、彼女の手を離したらその場にへたり込んでしまう。
そうならないために、俺は掴んだ手を離さまいと、強く握った。

そして、今でも混乱している事がある。

それは、先頭を走っている彼女の事だ。
いつもと違う遠坂 凛がそこにはいるのだ。


「衛宮君!貴方の家までは保ちそう!?」

「――あ、ああ」

「そう。じゃあ、頑張りなさい!桜も!」












衛宮の屋敷に辿りつき、俺たちは乱れた息を静めていた。
先ほどよりももっと空に雲が掛かっている。
月の光なんて、ホントに稀にしか感じられない。


「まさか……衛宮君が魔術師だなんてね」

「……別に、俺は魔術師じゃないぞ。魔術が使えるだけで、タダの半人前だ」

「でしょうね。普通の魔術師ならあの二人を見たら逃げ出しているはずだもの」

「む――」

「それで、アンタは?」


そう言って、遠坂は桜の方を見る。


「わたしは……」

「丸っきり知らないって訳じゃなさそうね」

「――お父さんが先輩に教えてる所を見ちゃった事がありますから。その時、お父さんに基礎の基礎みたいな物は教えられました」

「そう」


遠坂は短く応えた。
だが、その表情には少しやりきれない物があったような気がする。


「ま、いいわ。それじゃ――」


遠坂はそう言って立ち上がった。
そうした途端、ウチの警鐘が鳴り出した。


「――誰か来た」


この家には侵入者を知らせる、警鐘のような物がついている。
ここは腐っても魔術師の家だ。
だから、見慣れない侵入者には警鐘が鳴る仕組みとなっている。


「まさか、さっきの青いヤツか?」

「そんなはずは――」


人影が見えた。
大胆不敵に正面から堂々と近寄ってくる。


「はじめまして、三人の魔術師(マギ)」


それは鈴のようにキレイな声だった。
けれど、温かみはまったくなく。
とても、冷酷だった――。


「私の名前はメイ・フォアフィールド」


人影は女だった。
異国の人間で、銀色の髪の毛、透き通るような白い肌、赤い瞳が印象的だった。
彼女の顔には、表情がまったくなく――。

まるで、人形のようだった。


「じゃあ、フライングだけど――」


女はそう言って、パチンと指を鳴らした。
それに反応して、彼女の背後からいきなりまた別の女が現れた。
少し小柄だった彼女とは対照的に、長身だった――。

ただ、その女にも表情はなかった。
いや、表情がなかったと感じただけなのだ――。
彼女の目には大きなマスクの様な物が覆っていたから――。


「殺しなさい」


メイと名乗った女は冷酷にそう言った。

すると長身の女は物凄いスピードで俺たちに近寄ってくる。
彼女の手に持っているのは、なんとも彼女に不釣合いな武器だった。
彼女の両手には鎖で繋がれた杭のような物を持っていた。

女が大きく腕を振る、するとその武器が俺たち目掛けて飛んできた。

尋常ではない超速の攻撃。
じゃらじゃらと鎖が鳴る。


「どきなさいっ!」


遠坂は俺と桜に体当たりして、攻撃の目標は自分だけにさせた。
だが、遠坂はそれだけで終わらず、小さく何かを呟いていた。

きっと、アレは魔術の呪文――。

彼女の左腕が光り輝き、左手からは黒い球体が飛んでいく。
それが、杭に当たった。
勢いがなくなり、杭が上へと上がる。


「――」


だが、長身の女は投げた方とは逆の腕を軽くを動かすと、またその杭は勢いを取り戻した。
ヒュンと風を切って、その杭に繋がれた遠坂の周りを囲う。
そして、瞬時に女は鎖を引っ張る。


「な――」


女は空いていた片手に鎖を持って力一杯、自分の方へと引き寄せた。
遠坂はまるで、紙のように女の下へと手繰り寄せられる。
いや、そんなレベルじゃない。
遠坂の体は浮いていた。

あの女は、何処にそんな腕力があるのだろう?

そのまま女は抱え投げるような動作をする。
すると、遠坂は空を舞い、そのまま鎖も外れ俺たちとは反対側の壁へと叩きつけられた。


「あぐっ――」


壁が壊れるほどに叩きつけられている――。

俺はそれを見て、驚き、そして恐怖を同時に感じた。
まるで、リアルじゃない。
通常なら考えられない。


「頭は潰したようね」


冷酷な声が聞こえた。
俺は隣にいた、桜の手をギュッと握る。


「――っ」


考えるより先に走っていた。
出口の方にはヤツらがいる。
考えもなしに、俺は土蔵の方へと走っていた。


「――潔く死んでください」


女の声が聞こえた。
それと同時にあの嫌な鎖の音もする。
ぐしゃりと自分の肩を貫く音がした。


「ぐっ――」


吐き気がするほどの痛みが伝わる。
嫌だ、何故こんな理不尽な暴力をぶつけられる?


「せんぱいっ!」


桜の声が聞こえる。
その声のおかげで俺は走る気力をなくさなかった。
土蔵へと走る力を緩めない。

そこに何があるなんてワケじゃない。

だけど、そこへ行きたい。
そうすれば、助かるかもしれない、と理由のない考えがあった。


「――そんなにそこへ行きたいのですか」


女はいつの間にか、俺たちの背後にいた。


「なら、そこで死なせてあげましょう」


とてつもない衝撃が二人を襲った。
どうやら背中を思い切り蹴られたらしい。
土蔵の扉を突き破って、俺たちはそこに転がり倒れた。


「っ――」


信じられないような程、血を吐いた。
桜は半分気絶しかかっている。
だけど、痛みが気を失わせてはくれなかった。


「さく…ら……」


桜の方を見つめる。
彼女は俺より奥の方まで飛ばされていた。
もう苦しくて、今にも生きる事を止めたくなるような痛み――。
でも、あの時の方が苦しかったし、痛かったかもしれない――。

ズルズルと這いずるように、桜の元へ向かう。

こんな理不尽で一方的な暴力は認めない。
認めたくない――。
それに、このままじゃ彼女を助けられない。
俺の全てと言える誓いが――。


「せん…ぱ……しろ……く…」


昔、桜は俺の事を士郎君と呼んでいた頃があった。
それは、いつまでだっただろうか?
小学生は、それが当たり前で――。
中学生の頃も二年の時まではそうだった気がする――。

その時から、時々だけど少し悲しそうな笑顔を見せたのは――。

その表情は、とても辛かった。
いつも花の様な笑顔を見せて欲しかった。
桜の――。


「――終わりです。まずは貴方から殺してあげます」


女の声が聞こえた。
いつの間にか土蔵の扉の前にいた――。

そして、またあのじゃらじゃらと言う嫌な音。

杭が俺の頭目掛けて飛んできた。
嫌だ――。

俺の命なら構うけど構わない。

だけど次に桜を殺すのなら、許さない。
許せない。


「このっ、バカ野郎――」「許さない――」


俺がそう叫んだとき、桜の声も聞こえたような気がした。
それは、俺が聞いた幻聴なのかもしれない――。
杭の動きが遅く見える――。
けれど、俺の動きが早くなるワケでもなくて――。


「――っ」


頭に突き刺さるような感じがした――。
だけど、痛みはまったく来ない――。
あー、脳を傷つけると痛みまでなくなるのか、と思った。


「え――」


だけど、そんな事はなくて――。


「まさか、七人目のサーヴァントが現れるとは――」


長身の女はすぐ様、土蔵の前から離れる。

長身の女は少し混乱している。
それは俺も同じだ――。
いや、いつの間にか俺を守るように覆い被さっている桜もそうだろう。


「――問おう、貴方が私のマスターか?」

「え……マ、スター?」

「サーヴァント、セイバー。召還に従い参上した。……マスター、指示を」

「ぁ――」

「――これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある……ここに契約は完了した」

「な――契約…って」


思わずしどろもどろになる。
次から次へと――。


「さ、桜――」


俺を守るように覆い被さっていた桜はいつの間にか気絶していた――。


「――心配はいりません、傷のダメージで気絶しているだけです」


いつの間にか現れた金の髪の少女は静かにそう言った。


「ですが、今は――」


少女は土蔵を出て行く。
駄目だ。
そこには、あの女がいる――。
あれは普通の人間じゃ敵わない。

俺は桜をそこに寝かせ、ふらつく体を鞭を入れ、出口の方へと向かう。


「な――」


そこには、俺がまったく予想だに出来ない事が起きていた。

鳴り響く金属音――。

アレは人間を超えている――。

少女の手には何も持ってないように見えた。

だが、そこには何かが握られている――。


「く、自らの武器を隠すとは――!」


女は忌々しげに顔を歪める。
見えないのに、そこにとてつもない凶器がある事は、とてつもない恐怖だ――。
姿形さえまったく判らない――。


「――っ」


女は後ろへと大きく跳んだ。
少女も足を止める――。


「どうした?足を止めていれば、私の武器の射程に入ってしまうかもしれないぞ?」

「――貴女の武器は剣ですか?」

「さぁ、どうかな?戦斧かもしれんし双剣かもしれん、いやもしかしたら弓と言う事もあるかもしれんぞ?」

「ふっ――」


女は小さく笑った。


「ライダー!」


メイと名乗った女の声が聞こえた。
それに反応するが如く、女はまた大きく後ろへと跳んだ。


「な――」


だがその瞬間、彼女の姿が掻き消えた――。


「――どうやら、退いたようですね」


少女は冷静にそれを見つめていた。


「マスター、怪我は大丈夫ですか?」

「あ、ああ。――て、違う。俺はマスターなんて名前じゃないぞ。俺は衛宮 士郎って言って、ここの家の者だ」

「――そうですか。ならば、シロウと。この発音が私には好ましい」

「な、ちょ――なんで、そっちの方を」


かなり限られた人にした呼び捨てされないので、彼女の言葉には少しウッと来た。
それにしても、小さいのになんであんな――。


「――ところでオマエは何者だ?」

「何者も何も、セイバーのサーヴァントです。貴方が呼び出したのですから、確認をするまでもないでしょう」

「セイバーの…サーヴァント…」

「はい。ですから、私の事はセイバーと…」

「そうか…変な名前だな…って違う…聞きたいのはそう言う事じゃなくて」

「――判っています。貴方は正規のマスターではないのですね」

「え――?」

「しかし、それでも貴方は私のマスターです。契約を交わした以上、貴方を裏切りはしない。そのように警戒する必要はありません」

「あ、ああ。――って、熱っ!」


セイバーと話していると、何故か一瞬左手の甲に痛みが襲った。
いや、これは火傷をした時のような感じだ――。


「――それは令呪と呼ばれるものです、シロウ。私達サーヴァントを律する三つの命令権でもあり、マスターとしての命でもある」


そして、最後に彼女はこう言った。


「――無闇な仕様は避けるように」

「あ、ああ」


思わず頷いてしまった。


「――シロウ、私は屋敷の外に出ます」

「え――?」

「外の敵は二人、どうやらもう一体サーヴァントがいるようです」


彼女はそう言って、身を翻し、高い塀を飛び越えていった。


「な、外に……敵!?」


俺は急いで、門へと向かった――。


To be continued...

「な――」



Fate/Stay Night
IF Act 8
2/2 Side:Shirou Emiya



門の外には、青と赤の超人がいた――。
だが、青の超人は槍使いから剣士へと代わっていた。
二人は今もなお激しい剣戦を繰り広げていた。


「ふ、奇襲とはいささか姑息な手だな。――セイバーよ」

「――そう言いながら、我が剣をよく受け止めている」


まだお互い手の内を探っている状態だ。
アーチャーと呼ばれていた、赤い男は二刀の剣を使い流れるように剣を受け流している。
対してセイバーは重い一撃を幾度となく繰り返していた。
だが、大振りであっても隙と言う物は見当たらなかった――。
いや、態と隙をつくって相手を誘っている状態だ。
アーチャーは下手に突っ込まず、剣から逃れる動きだけをしていた。


「――そこの小僧」

「っ――」


鉄の鳴り響く音が止んで、お互い距離を少し空けた。
アーチャーと呼ばれた男が不意に俺に話しかけてきた。


「凛はどうした?」

「え――遠坂…って」


遠坂の事を思い出し、思わず屋敷の敷地内へと戻っていった。
ライダーと呼ばれた女の攻撃で壁に叩きつけられていたはずだ――。


「と、遠坂!」

「――あ、アンタ、ホントに遅すぎるわよ!」


遠坂は崩れた壁の中に埋もれていた。


「わ、悪い。今助ける」

「――ったく」

「お、おい!二人ともいがみ合ってないで、遠坂を助けるの手伝ってくれよ!」

「ですが!彼女は私達の敵です」

「――そんな事は今はなしだ。それに、遠坂がいたから俺は助かったのも事実なんだぞ」


小さく、このままじゃ礼儀知らずになっちまう、と言った。
そう言うとセイバーはウッと言葉につまり、大人しく瓦礫をどけはじめた。


「今日だけです、魔術師(メイガス)」

「ええ、今日だけは休戦にしましょう。ほら、アーチャーも早く瓦礫をどけなさい」

「――ふ、どんな時でも君は君なんだな」


アーチャーは皮肉めいた笑みを遠坂に見せた。






「それで、衛宮君は何処まで知ってるの?」


遠坂は屋敷の中にズカズカと乗り込んできた。
あー、やっぱり学校ではかなり猫を被ってるぽい。
俺は土蔵で気絶している桜をそっと抱え上げ、桜の部屋に寝かせておいた。
不思議だったのが、桜の体にはほとんど傷が見当たらなかった事。


「知ってるも何も、俺は親父にちょっとしか魔術を教わった事しかないなからな」

「――はぁ?」


ピタリ、と動きを止める。
……しまった。なんか、言ってはいけない事を口にしたようだ。


「……ちょっと待って。じゃあなに、衛宮くんは自分の工房の管理もできない半人前ってこと?」

「いや、工房なんて持ってないし」


そんな事より、セイバーとアーチャーが無言で睨み合っているのが気になる。
お互い、お互いの主の隣には座ってはいるのだが、場所が悪い。
向かい合わせってのは、こういう時に恐い。


「……まさかとは思うけど、確認しとく。もしかして貴方、五大要素の扱いとか、パスの作り方も知らない?」


おう、と素直に頷いた。


「……」


うわ、こわっ。
なまじ美人なだけに黙り込むともの凄く迫力がある。


「なに。じゃあ貴方、素人?」

「そんな事ないぞ。一応、強化の魔術ぐらいは使える」

「強化って……また、なんとも半端なのを扱うのね。で、それ以外はからっきしってワケ?」


じろり、と睨んでくる遠坂。


「……まぁ、極端に言えば、たぶん」

「――はあ。なんだってこんなヤツにセイバーが呼び出されるのよ、まったく」


がっかり、とため息をつく。


「いえ。シロウだけの力で私を呼び出した訳ではないようです」


話している途中、セイバーは口を挟んだ。


「……どういう事?」

「私には、シロウの一方的な繋がりと、本来の魔術師とサーヴァントとしての繋がりをした繋がりがあります」


かなり上級クラスの魔術師です、と言った。


「てことは、なに?まさかあの子とも繋がってるって事なの?」


そう言って、遠坂は立ち上がり、居間から出て行ってしまった。
俺も慌てて彼女の後を追いかける。


「あ、遠坂先輩」


廊下に出ると、桜がいた。
どうやら目が覚めたようだ。




「それじゃ話を始めるけど。衛宮くんたち、自分がどんな立場にあるのか判ってないでしょ」

「――――」


二人とも同時に頷いた。
それより、なんで正座して聞かないといけないんだろう?


「ま、そうだとは思ったけど一応確認しとかないとね。知ってる相手に説明するなんて心の贅肉だし」

「?」


なんか、今ヘンな言い回しを聞いた気がするけど、ここで茶々を入れたら殴られそうなので黙った。


「率直に言うと、衛宮くんたちはマスターに選ばれたの。お互い、どっちかの手に聖痕があるでしょ?」


そう言われて、俺は手の甲を見た。
そこには不思議な文字のような絵みたいのが描かれていた。
なんて言うか、タトゥーみたいな感じだ。
けれど、そこにはなにか魔力的な物を感じる。


「それが令呪。それがマスターとしての証よ」


遠坂も自分の令呪を見せる。


「これはサーヴァントを律する呪文でもあるから大切にね。それがある限りはサーヴァントを従えていられるわ」

「……?ある限りって…どういう事なんですか?」

「令呪ってのは絶対命令権なの。サーヴァントには自由意志があって、それを捻じ曲げて絶対に言いつけを守らせる呪文がその刻印」

「はあ…」

「発動に呪文は必要なくて、一般的にはマスターが令呪を使用するって思えば発動するから」

「……一般的にはって、どういう事だよ?」

「今回のケースはわたしは見た事も聞いた事もないからね」


普通は複数で一体のサーヴァントを呼び出す事なんてない、と言った。


「まぁ、不用意に使うのは止めなさい。使うのは最高二回まで。令呪がなくなったら衛宮くんたちは殺されるだろうから、せいぜい注意して」

「え……?」

「…マスターが他のマスターを倒すのが聖杯戦争の基本だから。そうして他の六人を倒したマスターには、望を叶える聖杯が与えられるの」

「な――に?」


ちょっ、ちょっと待て。
遠坂のヤツが何を言っているのかまったく理解できない。
マスターはマスターを倒す、とか。
そうして最後には聖杯が手に入るとか……って、聖杯って、そもそもあの聖杯の事か…!?


「まだ解らない?ようするにね、貴方たちはあるゲームに巻き込まれたのよ。聖杯戦争っていう、魔術師同士の殺し合いに」


それがなんでもない事のように、遠坂 凛は言い切った。
頭の中で、聞いたばかりの単語が回る。
マスターに選ばれた自分。
マスターだという遠坂。
サーヴァントという使い魔。

そして――

殺し合い――


「待て。なんだそれ、いきなり何言ってんだおまえ」

「気持ちは解るけど、わたしは事実を口にするだけよ。……それに貴方だって、心の底では理解してるんじゃない?」

「――」

「一度ならず二度までもサーヴァントに殺されかけて、自分はもう逃げられない立場なんだって」


それは。
確かに、俺はランサーとか、ライダーとかいうヤツに殺されかけた、けど。


「納得した?聖杯戦争というのが何であるかわたしもよくは知らない。けれど、七人のマスターとサーヴァントがいるって事だけは確かよ」


そう言って、遠坂はにやりと笑った。


「わたしもマスターに選ばれた一人。だからサーヴァントと契約したし、貴方たちだってセイバーと契約した」


そう。
いつの間にか、隣にいる少女。


「サーヴァントは勝ち残る為に聖杯が与えた使い魔と考えなさい。マスターは自分のサーヴァントと協力して、他のマスターを始末していく」

「……」


遠坂の説明は簡潔すぎて、実感を得るには遠すぎた。
桜も顔が少し青い。


「……ちょっと待ってくれ」

「――なによ?」

「遠坂はセイバーを使い魔だっていうけど、使い魔っていうのは猫とか鳥だろ。幽霊とかなら考えられるけど――」

「セイバーには体があるから、って事?」

「ああ」


ちらりとセイバーを盗み見る。
セイバーは俺と遠坂の会話を、ただ黙って聞いていた。

……その姿は人間そのものだ。

正体は判らないが、自分とそう歳の違わない女の子。
そんな子が近くにいるだけで冷静じゃいられないのに、それが使い魔だなんて言われても実感が沸かない。


「まぁ、分類としてそう言ってるだけよ。けど、位置づけは段違い。何たって彼女は使い魔としては最強とされるゴーストライナーなんだから」

「ゴーストライナー……?じゃあその、やっぱり幽霊って事か?」


とうの昔に死んでいる人間の霊。
死した後もこの世に姿を残す、卓越した能力者の残留思念。

だが、それはおかしい。

幽霊は体を持たない。
霊が傷つけられるのは霊だけだ。
故に、肉を持つ人間である俺が、霊に直接殺されるなんてあり得ない。


「…似たようなものだけど、それと一緒にしたら殺されるわよ。サーヴァントは受肉した過去の英雄、精霊に近い人間以上の存在なんだから」

「――はあ?受肉した過去の英雄?」

「そうよ。過去だろうが現代だろうが、とにかく死亡した伝説上の英雄を引っ張ってきてね、実体化させるのよ」


引っ張る――。


「ま、呼び出すまでがマスターの役割で、あとの実体化は聖杯がしてくれるんだけどね」

「……」

「魂をカタチするなんてのは一介の魔術師には不可能。ここは強力なアーティファクトの力におんぶしてもらうってわけ」

「ちょっと待て。過去の英雄って、ええ……!?」


セイバーを見る。
なら彼女も英雄だった人間なのか。
いや、そりゃ確かに、あんな格好をした人間は現代にはいないけど、それにしたって――


「そんなの不可能だ。そんな魔術、聞いた事がない」

「そうよ。これは魔術じゃなくて、あくまで聖杯の現象。そうでなければ魂を再現して固定化するなんて出来る筈がない」

「魂の再現…って、じゃあその、サーヴァントは幽霊とは違うのか…?」

「違うわ。英霊ってのは輪廻の枠から外された連中よ。ようするに崇め奉られて、擬似的な神さまになったモノたちなんでしょうね」


つまり、降霊術とか口寄せとか、じゃなくて。
英霊本体を直接連れてきて使い魔にする事か。


「納得いったみたいね」

「ああ」

「じゃあマスターになった人間は、召還したサーヴァントを使って他のマスターを倒さなければならない。理解できた?」

「言葉の上でならな。でも、人を殺すゲームってのが納得いかない。そんなの誰が決めたんだ?」

「さあ?わたしはそんな事には興味ないから知らないわ。そのあたりは、聖杯戦争の監督しているヤツに聞きなさい」


遠坂はそれだけ言うと、今度はセイバーへ視線を向ける。


「それで、貴女の方は不具合はないの?」

「ええ。どうやら、シロウからは魔力の供給はないようですが、彼女からは並み以上の魔力が供給されています」

「…そう。じゃあ、万端なんだ。でも意外に素直に教えてくれたから驚いたわ」

「ええ。貴女達程度なら物の数秒で倒せますから、リスクはありませんし」

「へぇ。言ってくれるじゃない。じゃあ、何故貴女はわたしたちを生かしているのかしら?」

「状態が万端でも、主が現状を理解していませんから。彼らには現状を深く理解してもらった方がいい」

「ふうん。知識も勝利のための材料って事を判ってるみたいね」


そう言って、遠坂は悔しそうな顔をした。


「ああもう、ますます惜しいっ。わたいがセイバーのマスターだったら、こんな戦い勝ったも同然なのに!」

「む。遠坂、それ俺と桜が相応しくないって事か」

「当然でしょ。貴方たちなんて二人合わせて一人前になるかどうかってとこじゃない」


うわ。
心ある人なら言いにくいコトを平然と言ったぞ、今。
しかも自覚がなさそうだし。
学校での優等生としたイメージがガラガラと崩れていく。

それに、アーチャーってヤツが少し沈んだ表情をしていたりする。
やっぱり、サーヴァントも人間と同じく比べられるのが嫌なんだろうか?


「さて。話がまとまったところでそろそろ行きましょうか」

「? 行くって何処へ?」

「だから、貴方たちが巻き込まれたこのゲームの監督者よ。会いたいんでしょ?」

「そりゃ、そうだけど。もうこんな時間なんだし、あんまり遠いのは」

「大丈夫、隣町だから。それに明日は日曜なんだから、別に夜更かししてもいいじゃない」

「いや、そういう問題じゃなくて」


単に今日は色々あって疲れてるから、少し休んで物事を整理したい。


「それに、セイバーは昔の英雄なんだろ。ならこんな現代に呼び出されて右も左も分からない筈だ。だからー」

「シロウ、それは違う。サーヴァントは人間の世であるのなら、あらゆる時代に適応します。ですからこの時代の事もよく知っている」

「え――知ってるって、ほんとに?」

「勿論。この時代に呼び出されたのも一度ではありませんから」

「な――」

「うそ、どんな確率よそれ……!?」


あ、遠坂も驚いてる。
……という事は、セイバーの言ってる事はとんでもない事なのか。


「シロウ、私は彼女に賛成です。貴方とサクラはマスターとして知識がなさすぎる」

「そ、それはそうだが……」

「それに貴方達と契約したサーヴァントとして、シロウとサクラには強くなってもらわなければ困ります」


セイバーは静かに見据えてくる。
それはセイバー自身ではなく、俺と桜の身を案じている、穏やかな視線だった。


「分かった」

「じゃあ、行きましょ。行き先は隣町の言峰教会。そこがこの戦いを監督してる、エセ神父の居所よ」


にやり、と意地の悪い笑みをこぼす遠坂。
アレは何も知らない俺を振り回して楽しんでいる顔だ。












教会に着いた。
俺、桜、遠坂、そしてセイバーは夜の道では無言だった。
桜の場合は、なにかを口に出そうとはするが、上手く形にならなかったのだろう。
どうやら、かなり混乱しているようだ。


「着いたわね、じゃあ、行くわよ」

「ああ」


俺は桜の手を握った。
少し震えているのが分かる。


「シロウ、私はここに残ります」


雨ガッパを着たセイバーがそう言った。
どうやら、不完全な召還の所為でか、霊体にはなれないらしい。
うちには女の子用の服があるにはあるが、あー、なんていうか大は小を兼ねないらしい。


「え?なんでだよ、ここまで来たのにセイバーだけ置いてけぼりなんて出来ないだろ」

「私は教会に来たのではなく、シロウとサクラを守る為についてきたのです。ですから、ここで帰りを待ちます」

「ふむ、それならば私もここに残るとしよう」


いきなりアーチャーが現れてそう言った。


「なに、私が霊体のままでいたら、そこの小僧が身を案じて神父とやらに聞きたい事も聞けないだろうからな」


と。
アーチャーは皮肉気に笑った。


「分かった。それじゃ行ってくる」

「はい。誰であろうと気を許さないように、マスター」




「……遠坂先輩、ここの神父さんってどんな方なんですか?」

「んー、難しいわね。十年来の知人だけど、未だにアイツの性格は掴めないもの」

「十年来…ですか?」


いくらか教会の空気のおかげで心に余裕が持てたのか、桜が遠坂に聞いていた。


「わたしの後見人だからね。ついでに言うと兄弟子にして第二の師っていうところ」

「え……兄弟子って、魔術師としてなのか?」


思わず俺は話に割り込んだ。


「そうだけど。なんで驚くのよ、そこで」

「だって神父さんだろ?神父さんが魔術なんて、そんなの御法度じゃないか」


そう、魔術師と教会は本来相成れないものだと聞いている。
教会は異端を嫌う。
人ではないヒトを徹底的に排除する彼らの標的には、魔術を扱う人間も含まれる。
教会において、奇跡は選ばれた成人だけが取得するもの。
それ以外の人間が扱う奇跡は全て異端なのだ。


「ここの神父さんってこっち側のヒトだったのか」

「ええ。聖杯戦争の監督役を任されたヤツだもの、バリッバリの代行者よ。ま、もっとも神のご加護があるかどうかは疑問だけど」


かつん、かつん、と足音をたてて祭壇へと歩いていく遠坂。
神父さんがいないというのにお邪魔するのもなんだが、そもそもこんな夜更けなのだ。


「で、ここの神父さんの名前はなんだったっけ?言峰なんとかだったと思うけど」

「言峰綺礼。父さんの教え子でね、もう十年以上顔を合わせてる腐れ縁よ。ま、できれば知り合いたくなかったけど」

「――同感だ。私も、師を敬わぬ弟子など持ちたくはなかった」


かつん、という足音。
俺たちが来た事に気が付いていたのか、その人物は裁断の裏側からゆっくりと現れた。


「再三の呼び出しにも応じぬと思えば、珍しい客を連れてきたな。……彼らどちらかが七人目という訳か、凛」

「ええ。ま、どっちかじゃなくて、両方で七人目って事よ。ま、右も左も分からない素人だから、情けって事で連れてきたの」

「…そうか。では彼らに感謝しなくてはな」


言峰という名の神父は、ゆっくりとこちらに視線を向ける。
桜はヤツの登場で完全に萎縮していた。


「私はこの教会を任されている言峰 綺礼という者だが。ふむ、凛の言ってた二人両方でマスターとはどういう意味かな」

「だから、一体のサーヴァントを二人で使役してるって事なの。令呪を見なさい、柄がまったく一緒でしょ」

「ほう。此度の聖杯戦争は何かと不思議な事が多いな。…して、君達の名前はなんだ?最後のマスターよ」

「衛宮 士郎だ」

「……衛宮 桜です」

「衛宮――士郎、それに…桜か」

「え――」


神父の発していた重圧が悪寒に変わる。
神父は静かに、何か喜ばしいモノに出会ったように笑った。


「礼を言おう。よく凛を連れてきてくれた。君達がいなければ、アレは最後までここには訪れなかったろう」


神父が裁断へと歩み寄る。
遠坂は退屈そうな顔つきで裁断から離れ、俺たちの横まで下がってきた。


「では始めよう。衛宮 士郎、そして衛宮 桜、君達はセイバーのマスターで間違いはないか?」

「確かに契約はしたけど、マスターとか聖杯戦争とか、そんな事を言われても俺にはてんで判らない」

「そ、そうです。わたしたちは何も知らないのですから、選び直した方がいいと思います」

「ふむ…」

「言ったでしょ、素人だって。アンタ、言葉での追い込みって得意でしょ、打ち負かせてあげなさいよ」


遠坂は説得しろと言わんばかりに神父を促す。


「ふ…。まず君達の間違いを正そう。マスターという物は他人には譲れる物ではない。なってしまった以上辞められる物でもない」

「な――」

「その腕の証を持っている以上、マスターを辞める事はできん。その事実を受け入れろ」

「そんなっ」

「それはマスターに与えられた試練だ。都合が悪いからといって放棄する事はできん。それは聖杯を手に入れるまで解放されない」


神父の重圧が増す。


「故に聖杯を望むがいい。それはおまえたちの望み、その裡に溜まった泥を掻き出す事もできる」


To be continued...

……風が出ていた。



Fate/Stay Night
IF Act 9
2/2 Side:Sakura Emiya




丘の上、という事もあるんだと思う。
吹く風は地上より強く、頬を刺す冷気も一段と強い。


「シロウ、サクラ。話は終わりましたか」

「……ああ。事情はイヤって言うほど思い知らされた。聖杯戦争の事も、マスターの事もな」

「それでは――」


ずい、と身を乗り出してわたしたちの顔を見つめるセイバーさん。
……それも当然の話だ。
わたしたちがどんな選択をしたかは、彼女にとって他人事ではないんだから。


「ああ。俺たちに務まるかどうかは判らないけど、マスターとして戦うって決めた」

「……半人前なマスターですが、よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします、シロウ、サクラ」


セイバーさんは静かにそう言った。


「ふぅん。その分じゃ放っておいてもよさそうね、貴方たち」

「え…」


振り返ると、そこには遠坂先輩と――あの、赤い外套の騎士が立っていた。


「仲いいじゃない。さっきまでは話もしなかったのに。セイバーの事は完全に信頼したってワケ?」

「え…いや、そういうワケじゃないけど…そうなのかもしれない。セイバーの事はあんまり知らないけど、これから一緒にやってくだから」

「そ。ならせいぜい気を張りなさい。貴方たちがそうなった以上、わたしたちも容赦しないから」

「?」


言われて、はて、わたしと先輩は首を傾げる。
少しの間、言われた意味が解らなかった。


「思い出しなさい。わたしたちは敵同士だと言う事を。ここまで連れてきたのは、敵にすらならなかったから。でも、貴方たちは戦う事を選んだ」


遠坂先輩の言っている意味をようやく理解する。
いずれは、殺し合い、をしなくちゃいけない事も…。


「なんでさ。俺、遠坂と喧嘩するつもりはないぞ」

「……はあ。やっぱりそうきたか。まいったな、これじゃ連れてきた意味がないじゃない」


がっくりと遠坂先輩は肩を落とした。


「凛」

「なに。わたしがいいって言うまで口出しはしない約束でしょ、アーチャー」

「それは承知しているが、このままでは埒があくまい。それに、相手の覚悟など確かめるものではない」


アーチャーさんは、静かにそう言った。


「情けなどかけるな。それが親しい間柄であってもだ」

「……判ってるわよ」

「ふん。君も難儀な性格だな。私は話が纏まるまで消えているとしよう」


アーチャーさんは姿を消した。
いや、それは姿が見えなくなっただけの事だ。
遠坂先輩曰く、サーヴァントは霊体だという。
セイバーさんが霊体に戻れないのは、不完全な召還の所為と言われた。


「…それで。衛宮くんたちは帰るんでしょ?」

「ああ。そのつもりだ」

「そ。んじゃ、わたしが貴方たちに攻撃を仕掛けないのも分かれ道までね」

「それじゃあ、今日は何もしてこない、って事か?」

「ええ。でも、明日になったら容赦しないから、せいぜい作戦を入念に立てておきなさい」


そうして、わたしたちと目を合わせないように遠坂先輩は歩き出した。






坂を下りていく、わたしたち。
そこには、何も会話がなかった。


「――」


交差点の前で、ピタリと遠坂先輩は立ち止まった。


「なんだよ、いきなり立ち止まって。帰るなら橋の方だろ」

「ううん。悪いけど、ここからは貴方たちだけで帰りなさい。せっかくに新都に来たんだし、捜し物の一つもして帰るわ」

「――捜し物って、他のマスター…ですか?」

「そ。わたしはね、この戦いを待ってたのよ。今、セイバーを倒せなかった分、他のサーヴァントでも仕留めないと割が合わないわ」


遠坂先輩の目には迷いはなかった。
それで思い知らされた。
このヒトは、わたしたちなんかとは違う、真っ当な魔術師なのだと。


「だからここでお別れよ。義理も果たしたしね。これ以上構うと、ほんとに余計な事が起こりそうだから」


でも、きっとこのヒトは…。
なにも知らないわたしたちを別に助けなくても良かったんだし。
でも、世話を焼いてくれた。
きっと、先輩は…何処までも良いヒトなんだろう。


「いいヒト、ですね…」

「は?なによ突然。おだてたって手は抜かないわよ」

「知ってますよ。そりゃあ、殺し合いなんてのは今でも反対ですけど。先輩はきっとわたしたちを殺しません」

「なによ、それ」

「別に。ただそう思っただけです」


小さく笑みを浮かべながらわたしはそう言った。


「と、とにかく、サーヴァントがやられたら迷わず教会に逃げ込みなさいよ。そうすれば命だけは助かるから」

「はい」

「ま、せいぜい気をつけなさい。セイバーが優れてたって、マスターがやられちゃったらそれまでなんだから」


くるり、と新都に向けて歩き出す遠坂先輩。

だけど。

幽霊でも見たかのような唐突さで、彼女の足はピタリと止まった。


「――ねえ、お話は終わり?」


幼い声が夜に響く。
歌うようなそれは、紛れもなく少女の物だ。
視線が坂の上に引き寄せられる。

そこには――

いつのまに雲は去っていたのか、空には月が輝いていた。
その光は強く、影は長く、絵本で見る悪魔のように異形。
そこには、とてつもなく非現実なモノがそこにいた。


「――バーサーカー」


聞き慣れない言葉を遠坂先輩は漏らした。
その意味するところは判らないまでも、あの巨人が持つ異質さはイヤというほど感じ取れた。

アレは人間ではないのだ。


「こんばんはお兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」


微笑みながら少女は言った。
その無邪気さに、何故か背筋が寒くなる。
それはきっと彼女の背後のモノとは不釣合いで、悪い夢を見せているようだったから。


「――驚いた。単純な能力だけならセイバー以上じゃない、アレ」


舌打ちをしながら、頭上の怪物を遠坂先輩は睨んだ。


「アーチャー、アレは力押しでなんとかなる相手じゃないわね。ここは貴方本来の戦い方に徹するべきよ」


呟く声。
それに、姿のない騎士が応答した。


「了解した。だが守りはどうする。凛ではアレの突進は防げまい」

「こっちは四人よ。凌ぐだけならなんとでもなるわ」


それに頷いたのか。
彼女の背後に控えていた気配は、一瞬にして何処かに消失した。


「桜。逃げるか戦うかは貴女たちの自由よ。……でも、出来るのならなんとか逃げなさい」

「相談は済んだ?なら、始めちゃっていい?」


軽やかな笑い声。
少女は行儀良くスカートの裾を持ち上げて、とんでもなくこの場に不釣合いなお辞儀をする。


「はじめまして、リン。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えばわかるでしょ?」

「アインツベルン――」


遠坂先輩は、その名前に聞き覚えがあるのか、体がかすかに揺れる。
そんな先輩の反応が気に入ったのか、少女は嬉しそうに笑みをこぼす。


「――じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」


歌うように、背後の異形に命令した。

巨体が飛ぶ。

バーサーカーと呼ばれたモノが、坂の上からここまで、何十メートルという距離を一息で落下してくる。


「――シロウ、サクラ、下がって…!」


月の下。
流星のような何条もの弾丸が、落下してくる巨体をつるべ打ちにする。


「■■■■■■■」


正確無比、とはこの事。
高速で落下する巨体を射抜いていく銀の光は、紛れもなく矢による攻撃だ。
いや、きっと矢と呼ぶなんて役不足のモノだ。
機関銃のような掃射、一撃一撃が秘めた威力は岩盤をも穿つだろう。

――それを八連。

普通ならば、家の屋根など蜂の巣にするだろう威力の物を――。


「うそ、効いていない――!?」


黒い巨人には、何ら効果を持たなかった。
巨体が岩の剣を青の剣士に振り下ろす。

鈍く重い音、激突する剣と剣。


「ふっ……!」

「■■■■■■■」


ぶつかり合う剣と剣。
バーサーカーの剣に圧されながらも、セイバーさんはその剣を緩めない。

――闇に走る銀光。

わたしよりも小さい体の何処からあれだけの魔力を籠めているのだろう?
確かにわたしと彼女は繋がっていて、わたしは彼女の魔力を供給している。
貯蔵量と放出量は別の関係で、わたしは一度にアレほどの魔力を放出はできない。
多少、力負けはしているけれど、セイバーさんは一歩も譲らなかった。
旋風にしか見えない巨人の大剣を受け、弾き、更に自分から反撃する。


「――」


その光景に息を呑むのは、わたしだけじゃないはずだ。
きっとあの巨人のマスターも、先輩たちもその姿に見惚れているだろう。


「……っ!アーチャー、援護……!」


遠坂先輩の声に応じて、またもや何処からか銀の光が放たれる。
銀光は容赦なく巨人のこめかみを直撃する。
大気を穿ちながら飛ぶアーチャーさんの矢は、戦車の砲撃に匹敵するはずだ。
あの巨人が何者であっても、それをこめかみに受けて無傷である筈がない。


「――取った……!」


間髪を入れず不可視の剣を薙ぎ払うセイバーさん。

しかし。

それは、あまりにも凶悪な一撃によって、体ごと弾き返された。


「ぐっ……!?」


飛ばされ、アスファルトを滑る。
更に追撃を繰り返す。
セイバーさんは、何十メートルと吹き飛んでいく。


「な――」


それはあまりにも非現実な事だった。
それでも、彼女は死亡している、と直感してしまった。

既に勝敗は決したというのに、まだ飽き足らないのか。
バーサーカーと呼ばれた巨人は、咆哮をあげてセイバーさんが吹き飛ばされた坂の上の荒れ地へと突進する。


「そんな――」


先輩が驚きの声をあげた。
そして、すぐにその方向に駆けて行った。

わたしも先輩に続く。

だけど、そんな時だ。
わたしの頭上を銀の光が奔り抜けた。
それは、先ほどまでとは何かが違った。
力とか速さとか、気配までもが違った――。
先輩もその音と威圧感で足を止めた。



「■■■■■■■」


それが後ろを向いていた、バーサーカーの背中に突き刺さった。
いや、突き抜けた。

それも心臓の辺りだろう。

そこを突き抜けた――。
そして大きな爆発――。


「やった」


遠坂先輩が声を弾ませる。


「ふぅん。やるじゃない、貴女のアーチャー」


だけど、少女の声は常に冷静だった。


「だけどね、バーサーカーはまだ生きてるわ」


少女の声に応えるかのように、巨人が咆哮をあげた。


「な――」

「ま、どうやらセイバーも自分が有利な地形に誘導していたようだし。つまらない相手じゃなさそうね」


その言葉に反応するかのように、巨人の姿がぼやけていく。


「あら、逃げるのかしら?」

「そうね。今日は退いてあげるわ。どうやら、貴女たちには退屈しなさそうだし。――じゃあね、お兄ちゃん、お姉ちゃん」


そう言って、少女は闇の中に消えてしまった。
銀の光とそして大きな爆発が起こった場所では、青の剣士が立っていた。
彼女は、その銀の光を放った者を鋭く見つめていた。


To be continued...

「どうやら退いたようね」



Fate/Stay Night
IF Act 10
2/2 Side:Rin Tosaka



「あ、ああ――」


炎が小さくなっていくのをわたしは眺めながら、ポツリ、とこう呟いた。
隣にいた衛宮くんがそれに同意する。

一分程前まで、あのデタラメな者と戦っていた。


「あ、あの…遠坂先輩。アレは…何だったんでしょうか?」

「アレ?…アレはね、バーサーカーのサーヴァント。セイバーが最優のサーヴァントとしたら、アレは最強のサーヴァント」


バーサーカー。
それは文字通り、サーヴァントとなった英霊が狂化した存在だ。
理性を奪われた代わりに強靭な戦闘能力を約束される存在。
ただ、その存在を維持する魔力はとても膨大な量が必要で過去のマスターでバーサーカーを使役した者は自滅していった。


「最強だとしてもオカシイと思う。俺はさっきバーサーカーの心臓辺りに矢が刺さるの見たんだ。なのに何で生きているんだ?」

「――きっと、それがバーサーカーの宝具なんでしょう」

「?」

「多分あのバーサーカーはヘラクレスだわ」

「な――ヘラクレスってあの」


衛宮くんは目を見開く。
それは当然だろう。


「多分ね。そうなると彼の宝具は不死の力よ。聞いたことない?ヘラクレスの十二の難行って?」


神々が与えたヘラクレスへの罰。
それをヘラクレスは無事に潜り抜け、偉業の証として不死の体を手に入れた。


「な――そんな不死なんて反則な事」

「まぁ、実際ヘラクレスも自分の妻に毒殺されたからね。だから、無限に生還するってワケじゃないと思うわ」

「それにしたって」

「そ。他のサーヴァントとは破格の能力よ。あれで弱っちかったら良いバランスだと思うけどね」


そう言ってわたしは苦笑した。
ほんと、舐めてるのかーと叫びたい程だ。


「そんなワケで…衛宮くん、桜」

「おう」

「は、はい」

「バーサーカーを倒すまでわたしと同盟を組まない?」


わたしは静かにそう言い放った。













「はぁ…今日ほど我が家が恋しい日はないわ」


わたしは安堵の息を漏らしながら、門の前に立つ。
少し逸る心を抑えつつ、門に手を掛ける。

現在、夜の二時過ぎ辺り。

普通に生活していた頃なら、もう夢の中にいるだろう。
まぁでも、自分で決めて起きているのだから、誰にも文句は言えない。


「それでいいのか、凛」

「なにがよ」


わたしの背後からアーチャーが話しかけてくる。
勿論、他人から見ればわたしの周りには誰もいない。


「あの小僧らと一時的とは言え同盟を結ぶことだ」

「ああ。――なによ、アンタは反対なワケ?」

「当たり前だ」


むすっとした口調がわたしの耳に届く。
まぁ、そりゃあアーチャーにとっては納得がいかないだろう。
別に好戦的と言うわけじゃないだろうけれど、敵が目の前にいるのなら倒そうと思って当たり前だ。


「凛。何度も言うようだが、下手に情けを掛けていると情が移るぞ」

「だから、バーサーカーを倒すまでって限定したでしょ」

「しかし――」

「あーもう。それじゃアンタは一人であのバーサーカーに勝てるの!?」

「む――」


アーチャーはなにも言わなくなった。
こちらもそっぽを向く。
アーチャーも一人では勝てないと自覚しているようだ。
それでも負けるつもりはない、と言うのがやはり英雄らしい。


「ふ、お主達は似た者同士のようだな」


わたしの背後から声が聞こえた――。


「――!」


そこには、月の光を浴びた侍がいた。
曇天だった空は、まるで侍を敬うかのように月の光を彼に当てた。
その姿は美と言う言葉以外に使う物などなかった。


「アーチャー」


わたしは即座にアーチャーに呼びかける。
それに反応するかのように、アーチャーが姿を現した。
わたしの目の前には頼もしい背中が聳え立った。


「ほう。貴様は弓兵か」


侍は静かに笑った。


「我が名は佐々木 小次郎。アサシンのサーヴァント、佐々木 小次郎だ」

「な――」


彼の名はあまりにもわたしたちには有名すぎた。
だから、イマイチ頭の中にその意味が伝わらなかった。

その間にも戦いは開始される。

佐々木 小次郎と名乗ったアサシンは信じられないほどの長刀を鞘から抜いた。
その長刀はまるで野太刀だ。
本来、野太刀は騎馬戦に使われていて、その剣の重みで叩き切る戦術しかない。
だが、相手はサーヴァントだ。
人間とは違う存在。


「では、参ろうか。アーチャー」

「――っ」


アーチャーはあの時の短刀を両手に持ち、赤い弾丸のようにアサシンに向かっていった。
だがアサシンは刀の切っ先を下に下ろしたままだった。
それでも、彼の静かな笑みは変わらない。

二刀の剣が常人では防ぎきれないスピードでアサシンに振るわれる。

それをアサシンは糸も簡単に刀で受け流す。
曇天から顔を出した月が、彼らに最高のステージを用意した――。












切っ先が交差する。
幾度にも振るわれる剣線、幾重もの太刀筋。
弾け、火花を散らしあう剣と剣。

――数十合を越える立ち合いが行われる。


「は――!」


数十回目となるアーチャーの斬撃。
だが相手は五尺余もの長刀を苦もなく振るい、アーチャーの斬撃を防ぎきる。

いや、それは防ぎきる、と言う言葉は適切ではない。

アーチャーの剣が疾風ならば、アサシンの長刀は更にその上を行っていた。
お互い、速さ、重さでは同等だ、いや、速さではアーチャーが多少は勝っている。
だが、アサシンのしなやか軌跡はアーチャーの一撃を悉く受け流す。

そうして返される刃は速度を増し、突風となってアーチャーの首を狙う。

アーチャーも負けてはいない。
その突風を紙一重で避け、相手の懐に踏み込もうとする。
だが避けた筈の長刀が間髪を入れずに返ってくる。

間合いの短いアーチャー、だが剣筋は速く、予測不可能だった。
だがアサシンの弧を描く剣によってそれが無効化される。

アサシンの切っ先は優雅ではあるが、弧を描く為に最短距離ではない。
ならば無構、予測不可能なアーチャーの剣筋に間に合う筈がないというのに、その差を生める何かがアサシンにはあった。


「――!」


踏み込む足が止まる。
切り返す長刀に剣が間に合わない。


「どうした?一瞬足りとでも立ち止まれば首が刎ねられるぞ」


アサシンは涼しげに笑みを浮かべながら言う。
そう言って、アサシンはまた新しい銀光をつくりだす。

見惚れるほど美しいアサシンの剣筋は、同時に、見届ける事が困難なほどの速度だった。

わたしは彼らの戦いを見ているだけしか出来なかった。


「…ふむ。刀を使う相手とは初めてではないようだな。いや、戦い慣れていると言うべきか」

「……」

「弓兵がそれほどの剣を扱えるとは。貴様も私と同じよう捻くれ者のようだ」


嬉しそうに笑みを浮かべてアサシンは言う。


「私の剣筋は邪道でな、並の者ならまず一撃で首を落とす。それをここまで防ぐとは、嬉しいぞアーチャー」

「……」

「加えて、打ち込みも素晴らしい。だが、もう少し柔らかさを持ったほうが良いとは思うがな」


追撃するつもりはないのか、アサシンは余裕げにアーチャーを観察する。
力を失い、切っ先は下を向いている。
それを隙と見てはいけない。
あの男には構えなどはなく、どの体勢からでも必殺の一撃が振るわれる。


「――解せんな。貴様ほどの腕なら気配を殺し、マスターを殺す事は容易いだろう?」

「――要人殺害など二流、三流の者がする事だ。それに、それでは些か雅に欠けるだろう?」

「…ふ。どうやらお前も相当捻くれ者らしいな」

「だから最初に言ったであろう?」


お互い笑みをこぼす。


「ふむ。貴様とは話が合いそうだ」


そう言ってアサシンはそっと目を閉じる。
そしてあろう事か、アーチャーに対して背中は向けた。


「月も翳りだした。これ以上の戦いは雅に欠ける。続きは次の夜にとしよう」

「――貴様」

「さらばだ。次に会うときは我が秘剣をお見せしよう」


アサシンはそう言って、夜の闇に消えていった。












「はぁ…」


わたしはアーチャーの淹れてくれた紅茶を飲んで、気を落ち着ける。
ほんと、一晩なのに色んな事が起きすぎた。


「ふむ。疲れているようだな」

「当たり前よ。確かにサーヴァント捜しをしようとは思っていたけど、相手から堂々と姿を現すとは思わなかったわ」

「――」


なんていうか、自分が外で立っていれば簡単にサーヴァントに会えそうな雰囲気だ。


「アサシンのサーヴァント、佐々木 小次郎か」


宮本 武蔵のライバルであった存在。

けれど、宮本 武蔵自身が遺した書物に彼の名前など一字も出てこなかった。
きっと宮本 武蔵を語る時、用意された空想上の人物であると、わたしは考えていた。

そう言うのは良くある話だと思っていた。

英雄を引き立てる敵役と言う物がある。
それが近年に再翻訳した書物からなら尚更だ。

だが実際にソレは存在していた。

もしかしたら本当は宮本 武蔵の方が佐々木 小次郎に負けたのかもしれない。
その腹いせとして、書物には佐々木 小次郎の名前を記さなかったりしたのかもしれない。
更に佐々木 小次郎に勝ったと言う嘘の噂を流したのも彼自身かもしれない。

実際、根も葉もない物でも、噂はいつか真実味を帯びて人々に伝えられていく。
嘘だ嘘だと判っていても、それを本当らしく伝え始めるのが人間と言うものだ。

まぁ、実際のところ、ホントの事なんて判らないんだけど。


「凛。今日はもう休みたまえ」

「ええ。そうするわ」


頭の中はごちゃごちゃになった情報を整理するために、とっくの昔に睡眠を要求されている。


「じゃあ、アーチャー」

「――うむ。わたしは見張りをしてくる」


そう言ってアーチャーは姿を消した。
今日は本当に疲れた。
二日三日動き続けたような感じだ。
きっと、ベッドに潜り込めば、泥の様に寝ているだろう。













夢を見ている。
ある女の子がわたしの許からいなくなる夢を見た。

その子はわたしの妹だった。

昔から弱気で引っ込み思案で物静かだった。
正反対の性格をしているわたしを彼女が何故好きになったのかは今でも判らない。
けれども、わたしも彼女の事が嫌いではなかった。
彼女がわたしの後ろを金魚の糞のようにくっついてきても――。
わたしはまったく嫌悪感を抱くことはなかった。

だけど、いつの間にかわたしの傍から彼女はいなくなった。

家出と言うワケじゃない。
いや、あの子に家出なんて出来る筈もない。
彼女はわたしの家族じゃなくなっただけの事だ。

わたしは彼女の事は嫌いではなかったけれど、別段悲しいと言う気持ちにはならなかった。

彼女とはもう会わない。
必要以上馴れ合わない。
それがわたしが作ったルールだった。
いや、それが魔術師としてのわたしのルールだ。

そして、直に父もいなくなった。

それは仕方のないこと――。
わたしは魔術師の家に生まれた者。
そして、その家の後継者である。
だから、それを誇りに思って生きていく。
だから、妹が父がいなくなってもわたしは大丈夫なのだ。

それにわたしは大抵の事は簡単にこなす事が出来た。

だから、それほど苦でもなかった。
わたしの人生はそれほど大変と思った事はなかったのだ。
なので苦労しているヤツの気持ちなんて判らなかったし、別に知りたいとも思わなかった。

だから妹が行方不明になったなんて、事が起こってから大分経たないと気づかなかった。

ああ、仕方のない子だ。
そんな感想くらいしか浮かばなかった。
もしかしたら心の奥底(ほんしつ)ではそんな事は言いたくはなかっただろうけれど。
魔術師としてのわたしとしては、こんな感想しか思い浮かばなかった。

薄情だと思ってもらっても構わない。

別にわたしはそんなヤツらの事なんて興味がないし、興味があるのは自分だけだ。
自分を高みへと持っていくのがわたしの生き甲斐であり、わたしの生き方。
自分のためにならない人間など構っている暇などはない。
いや、それが人間にとって普通の生き方な筈だ。
アニメとかに出てくる正義の味方なんて、人々が夢見る存在だ。
最もそんな事を夢見るのは精々小学生になるぐらいまでだろうけれど――。
だから、これが普通なのだ。

わたしはそう、心の中で言い聞かせているのだ。


To be continued...
スポンサーサイト
Fate/If | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<テスト終わりました。 | HOME | カニSS、その1>>

この記事のコメント

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。